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「ユイ先輩、体育祭なに出るんですか?」
当たり前のように俺を呼ぶ小鳥遊さんに、ほんの少し鼓動が早まった気がした。
小鳥遊さんの前には、さまざまな色が円形に並べられたキャンバスがある。最近は筆で色を作って遊ぶ程度で、本格的に絵を描いているところを見ていない。
気分ではないのか、スランプなのか。どちらにしても楽しそうではあるけれど。
「ユイ先輩?」
黙り込んでいた俺を、小鳥遊さんが覗き込むようにして顔を出してきた。
ハッと我に返り、その距離の近さにどきりとする。
しかし努めて表情には出さず、平然と「まだいるよ」と返しておく。
自分でも感情表現は下手くそだと思っているが、小鳥遊さんの前だとむしろ出過ぎそうになるから困る。彼女の行動は突拍子もないことが多くて、心臓に悪い。
「もしかして、もう沈んでました? 邪魔しちゃったかな」
「いや。平気」
ちなみにこの『沈む』というのは、俺が集中して絵を描いているときに自分の世界へ入り込んでしまう状態を呼んでいるらしい。
まるで深い海の底に沈んでいるみたいだから、と前に教えてくれた。
「なんだっけ」
「体育祭ですよ」
ああ、と俺は虚空に入り、ただただ遠くの方を見つめる。
「……真夏の炎天下で無駄に汗をかきながら運動しなくちゃいけない意味ってなに」
「去年もそんなこと言ってましたね」
くすくすと小鳥遊さんが駒鳥のように笑う。本当によく笑う子だ。
「で、なにに出るんですか」
「……徒競走」



