鉛筆一本で描かれたそれは、自分で見てもまったく心を揺さぶられない。

 そりゃあそうだ。いつも見ている光景なのだから。

 その下をスクロールして、手が止まる。

「……鈴のやつだ」

 銀賞。小鳥遊鈴。タイトルは『緋群の空』。

 柔らかい水彩タッチで描かれているそれは、ちょうど夕暮れ前、茜と群青が混ざり合う黄昏時。けれど決してそのふたつの色だけではなく、ともすれば虹よりも多い数の色彩で作られた光の表現がとても美しい絵だった。

 あまりひけらかさないけれど、鈴は、ちゃんと『画家』の才がある。

 技術的な面で言えば、俺と負けず劣らず上手い。

 表現する画材が異なるから一概には比べられないものの、少なくともこうして銀賞を受賞するくらいの技術と魅力は兼ね備えている。

 とりわけ水彩を扱う画家は多いし、そのなかでこうも突出した才能を持っているのは、控えめに言っても誇らしいことだろう。

 去年初めて鈴が描く絵を見たときに、上手い色の使い方をするなと思った。

 そしてこの子が見えている世界は、こんなにも色鮮やかなのかと、ほんの少し興味が湧いた。

 あの頃は、まさか鈴と付き合うなんて思っていなかった。一年かけてゆっくりと惹かれ続けて、今年に入ってからははっきりと好きだと自覚してしまった。

 ──四月。鈴が行方知らずになっていたあの一ヶ月で。

「あのときと一緒、か」

 隣に鈴がいないだけ。

 たったそれだけで、ぽっかりと胸に穴が空いているような感覚になる。

 隣に鈴がいないのに、こんなにも鈴のことばかり考えている。

 鈴が言っていた『俺にとっての鈴の存在がどんなものか』の答えを探さなければならないのに、どうしても俺にはその糸口を見つけられない。

 はあ、と嘆息して、俺はひとり廊下を歩き始める。次の授業が始まるチャイムが鳴っているけれど、走る気力すらわかなかった。