少しでもカップルらしいことをすると、すぐにキャパオーバーを起こす。これまでもさんざんふたりきりの場面はあったのに、こんな一面を俺は知らなかった。
「まあ、俺は嬉しいよ。鈴とのデート」
「せ、先輩まで……」
「鈴と一緒にいられるなら、どこだって楽しいからね」
そう言うと、鈴は一瞬だけ戸惑ったように押し黙った。しかしすぐに首だけこちらを振り返って、拗ねたようにぷくっと頬を膨らませる。
「ユイ先輩。最近、私のセリフ取りすぎじゃないですか?」
「なにそれ」
「ずーっと、私が伝える側だったのにー」
声音こそ軽いものの、雨空に似た色をしっとりと滲ませた瞳はひどく切なげに見えた。それに気づかないふりをして、俺は前を向きながら小さく笑ってみせる。
「今度は、俺の番だからね」
悩ませたくはない、と思う。
だが、俺と鈴が今こうして共に過ごしている時間は、溢れんばかりの幸せと裏返しに『死』という名の絶望が待ち構えている。
だからこそ鈴は、きっと葛藤しているのだ。
優しいから。
鈴はとても優しい子だから、残される側の俺をずっと心配している。
──……ならばいっそ。
そう思ってしまうのは、そんなに悪いことなのだろうか。
◇
屋上に行きたいという鈴を連れて、エレベーターで最上階へ上がった。この大学病院の屋上には、小さいながらも天井が吹き抜けになっている植物園がある。
入院患者に向けたせめてもの憩いの場として作られただろうそこは、残念ながら人気がまったくない。さほど手入れも行き届いていないのか、植えられている植物も伸び放題で、植物園というより一種のジャングルじみていた。



