可愛がってくれた母がいなくなってからは、俺も自ら距離を置いて離れに閉じこもっているから、無理もないのだけれど。でも、そういう無関心さというか、必要外のことへ意識を向けられないあたりは、皮肉にも父の遺伝なのだろう。
「結生さん? どうかされました?」
動きを止めたまま思考に耽っていた俺を訝しく思ったのか、幸枝さんが気遣わしげな視線を送ってくる。
俺が幼かった頃に比べると、丸みを帯びて皺の増えた顔。それだけの時が過ぎているのだ。いつの間にか──母が死んでから、数年の時が経っている。
こちらが望まなくとも自然のなかで時は刻まれ、貴重な時間を喰らっていく。
「あまり無理はなさらないでくださいね。顔色もあまりよくないようですし……」
「ああ、いや、大丈夫だよ。べつに、なんでもないから」
つい突き放すような刺々しい言い方になってしまった。
俺はどうも、幸枝さんを母に重ねてしまいがちで嫌になる。これが反抗期なら、まったくもってお門違いだ。彼女はなにも関係ないのに。
幸枝さんは優しい。こんな俺にも分け隔てなく接し、俺を俺として見てくれる数少ない人間のひとりだ。それでも、母ではない。
いっそのこと父や兄たちと同じようにぞんざいに扱ってくれた方が、幾分気が楽かもしれないとすら思う。
じゃあ戻るね、と小さく言い置いて炊事場を出ると、変わらず朗らかな声で「頑張ってくださいね」と背中に声がかけられた。
振り返ることもせず、俺は持ってきたペットボトルの側面をぎゅっと握りしめる。



