「そう。心で見えているものの話」
視覚で捉えたものを写実的に描き起こす画家も、もちろん少なくない。同じ色、同じ形を辿り、それを写真のように残す。無論それも幾多ある描き方のひとつだ。
けれど、たとえ同じ対象を描いていても、まったく表現が異なる場合がある。水彩画や鉛筆画、という区分の問題ではなく、そもそも描かれているものが違う場合だ。
それは決して、捏造や妄想という言葉で片付けられるものではない。
本当にそう見えているのだ。心の目で写し取ったものを描いているだけの話。そこに差異が生まれるのは当然で、むしろだからこそ『画家』という。
「だから俺は、鉛筆画を描いてる。見えてるものを、ただ描いてるだけなんだ」
「っ……もしかして本当は、色彩画を描きたいんですか?」
「どうだろう。わからない。でも、見えているものは描きたいと思うよ」
後半は少し意味深につぶやいてから、ユイ先輩はこちらを振り返った。
いつの間にか深海魚エリアが終わり、次のエリアへ移っていた。わずかに明るさを取り戻した館内は、しっとりとした閑散さを孕んで、静かに私たちを包みこむ。
「まあこの水族館と一緒で、鑑賞側には正直こっちの心情なんて関係ないからさ。人の目に触れるコンクールとかに限っては、たんに学生の鉛筆画が珍しいっていうのもあるんだよ。技術的な面の評価はあるかもしれないけどね」
「そんなこと……っ、そんなことないです!」
思わず私は声を張り上げていた。
拒絶するようにユイ先輩の手を離して、胸の前でぎゅうっと強く握る。爪が手のひらを裂きそうなくらい食い込むけれど、痛みは感じない。
痛いのは、心だ。



