ユイ先輩が華道をやっているところは一度も見たことがないし、花を生けているイメージもないけれど、そうか。裏側では、そんな家の問題を抱えていたのか。
「まあ、だからね。今の俺って、ただのでき損ないなんだよ」
「っ、そんなこと」
「あるよ。モノクロ画家、なんて言われてるけど、実際はそうじゃない。俺の世界は黒でも白でもなく、いつも灰色で。それしか描けないだけだから」
淡々と言葉を紡ぐ先輩は、不思議なほど落ち着き払っているように見えた。
悲しい話なのに、こちらにまったくそう感じさせない。それはきっと、先輩自身がその悲しさを自覚していないからだ、と私はひそやかに息を呑む。
「でもね、俺はこの灰色の世界、わりと嫌いじゃないんだ」
自分の前髪をちょんと指先で摘んで、ユイ先輩は肩をすくめた。
「この髪も、本当はずっとこの色にしたかった。俺の見えている世界に、俺自身が浮かないように。まあ、中学のときは頭髪制限があって染められなかったんだけど」
そのとき、ちらりと視界に飛び込んできたチョウチンアンコウ。ぎょろりとした目と視線がかち合って、思わずビクッとしてしまう。
私と手を繋ぎながらも一歩ほど前を歩く先輩には、幸いにも気づかれていないようだった。美しい緩急を描く横顔からは、むしろなんの感情も読み取れない。
「実際、そうして廻る世界が俺には嵌まるんだと思う。俺が画家として評価されるようになったのって、皮肉にもモノクロの世界を描き始めてからだし」
「っ……」
「それまでは、少し上手い程度で誰からも意識されなかったのに。本当、この世って結構むごいよね。ときどき、馬鹿らしく思えるよ」



