「ミャァーン」
鈴のような鳴き声を上げて、私の足に頭を擦り付けてくるその猫はユユという名前だ。もちろん私が付けた。何となく毛糸のような毛並みをしていたからユユ。自分で言って何だけど、私はこの名前が可愛くてユユに似合っているなと思った。
「ユユ、今日はね…」
そう言いながら私は通学鞄の中から、煮付けてきた秋刀魚を取り出す。ユユはそれを見て嬉しそうに鳴いて、モグモグと食べ始めた。
「ユユ、おいしい?」
ユユが夢中になって食べていることから、おいしいのだろうなと思う。私はユユの柔らかな毛を撫でながら、思わず口元が綻んでしまっていることに少し驚いた。
自分はもう、何かに心を動かされたりすることはないと思っていたから。ユユと一緒にいる時だけ、私は少しだけ幸せを感じられた。最初に出会った時のユユは掌に収まるほど小さかったのに、今ではもう大人の猫のように大きく育ってくれた。
生命の成長を見て、私が思うことは何だろう。それが悲しみや憎しみであったとしても、それもきっと私の大切な感情、心の一部だ。私が物思いに耽っていると、突然後ろに人の気配があった。
それはゆっくりと足音を立ててどんどん私に近づいて来る。私は思わず身を縮めた。
「ねぇ…、何してんの?」
後ろを振り向くとそこには驚くほど綺麗で整った顔をした、私と同じ中学の制服を着た男の子がいた。私の顔を見ると、その人は驚いたような表情をした後、またすぐに無表情に戻った。
私と彼の間に沈黙が訪れる。
でもなぜだろう。今はこの沈黙が私の心に心地良く響いた。
「その猫…、もしかしてお前が飯やってたのか?」
そう聞かれたので、頷く。もしかして、この人はユユのことを知っているのだろうか。
「そうだったのか…。お前、いいやつだな」