娘に諭されたグウェナエルは、渋々ながら掴みあげていた手を離した。
胸倉を掴みあげられながらも頑なに表情を崩していなかったが、じつは相当苦しかったのだろう。離されたと同時に、数回ほど咳き込んでいた。
(……そっか。あんまり、顔に出ないタイプなんだ)
戦闘時から、エヴラールの表情筋はほぼ動きを見せていない。
一見して怖い印象を抱いていたが、そこに気づけば見方が変わる。
息遣いや、瞳の動き、瞬きの数。そんなわずかな機敏からでも、相手の感情は読み取れるのだ。とりわけルイーズは他者の変化に敏感だった。
「さきほどは大変失礼いたしました、王女殿下。私はエヴラールと申します。かつて陛下の側近を担っていたものです」
「んー。ルゥは……パパの娘、だけど。王女はなんかちがう気がするから、やめて」
「おや。では、ルイーズさまとお呼びしましょうか」
ほんの数ミリだけ、エヴラールの瞼が縦に開いた。どうやら驚いているらしいと悟ったルイーズは、少々戸惑いながらもこくんと頷いてみせる。
その様子を見守っていたグウェナエルは、気まずそうに前髪をかきあげて、深く嘆息した。
「いまはおまえが〝陛下〟だろう、エヴ。俺に対してもその呼び方はよせ」
「なにを仰いますか。大魔王は過去も現在もあなたさましかいらっしゃいませんよ」
「階級はしょせん階級だ。覇者としての〝王〟とは異なる」
「しかし……っ」
「いいから、やめておけ。民の上に立つ〝王〟たるもの、常に威厳を捨てるな。矜恃を保て。いまこのとき王であるおまえを慕い、後に続く者たちのためにな」
グウェナエルに諭され、エヴラールはぐっとなにかを飲み込んで頭を垂れた。
「……ひとまず、みなさまを我が領地へ案内いたします」
そうして誰とも目を合わさないまま、彼は振り返った。
地上からでは視界に捉えられないが、おそらくその方向には上空でルイーズが見つけた光の町がある。なるほど、あの地がエヴラールの領地だったようだ。
「積もる話もありますからね」
(……?)
ぼそりと呟いたエヴラールの横顔は、なぜだか一瞬、泣きそうに見えた。



