「そうは言われましても。私にとってあなたは絶対的な君主ですから」
向かい合って葡萄酒で乾杯する。グウェナエルの表情は変わらないが、やはりエヴラールが〝陛下〟と呼ぶたびに、ほんのわずかだけ苛立ちが窺えた。
「……先に言っておくが、俺はもう魔界の覇者に戻る気はないぞ」
静かに告げられた言葉に、心の臓がキンと凍ったような気がした。
驚きはしない。予想はしていた。だが、いざ口にされると受け入れがたかった。
「──私が〝魔王〟となったのは、あなたのためですよ。陛下が魔界にご帰還なさったとき、ふたたびその地に返り咲けるように」
「頼んでいないな」
「私はあくまで一時しのぎの〝魔王〟でしかありません。あなただってわかっておられるでしょう?」
「さあ、わからん」
「多くの者がそれを望んでいるのです。他ならぬ私も、あなた以外を〝王〟とは認めたくない。悪魔を──魔界を統べる者は、グウェナエルさま以外に存在しない」
かつてエヴラールは、グウェナエルの側近だった。
彼のそばで働けることを、なにより誇りに思っていた。天下の座で悠然と佇むグウェナエルが、これからどんな軌跡を辿って魔界を発展させていくのか──それを間近で見守っていられることに、このうえない幸福を感じていた。
絶対的な君主。だれよりも尊敬し、敬愛していたのだ。
だからこそ、彼が魔界を捨てたと聞いたときは信じられなかった。
信じたくなかった。納得がいかなかった。
簡単に封印されるお方ではない。あの方は、魔界の頂点に立つ者だ。そんな道半ばで立ち止まることなど許されない。許してはいけない。



