意味が分からない。混乱したまま営業課に乗り込むと、彼が慌てて非常階段へと手を引いた。その力が強くて、愛情を感じることも出来ない程に痛かった。

『痛いよ……!』

 そう訴えてやっと離してもらえた手には、強く握った痕がついていた。

『お前とはもう無理だって連絡したろ?』
『ねぇ、どういうこと!? 赤ちゃん出来たって……私に黙って浮気してたってこと!?』
『……はぁ。お前が浮気相手。あの子とは幼馴染なんだ』

 幼馴染……? 幼い頃から知り合いだったということ? 彼女は年下だったはず。彼を追いかけてこの会社に入社したということ?

 三年も付き合っていたのに、自分が浮気相手だなんて思ってもみなかった。付き合いながらずっと、二股をかけられていたということなのか。

『信じられないっ! 最低! 私、このこと貴方の婚約者に言うから!』
『はぁ!? やめろ! そんなことしても誰も幸せにならないだろ!』
『じゃあ私は不幸でいいってこと!? 三年も付き合った貴方には本命がいて、自分が浮気相手だったって知らされて……!』
『悪かった! 謝るから! だから言わないでくれ!』
『嫌よ! 社内で言いふらしてやる』

 そう言って階段を駆け上った。『待て!』という彼の声に耳を傾けず登り切ろうとしたところに、彼女がいた。

『……何、してるの?』

 小動物のような可愛らしい彼女の瞳に、みるみる涙を溜めていく。

『浮気って……何?』

 可哀想かもしれない。彼女のお腹の中には赤ちゃんもいる。でも、コイツが最悪最低野郎だということを伝えなければと咄嗟に思った。

『あのね! コイツは!!』
『言うなって!!』

 そう強く言った彼が、思い切り手を引いた。
 そして身体が宙に浮き──。



(思い出しましたわ……)

 前世の死因は、恐らく階段から落ちたことによる転落死。浮気をしやがったクソ野郎に手を引かれたことによる転落だ。ありえない。あのあとどうなったのか分からないが、泣いていたあの彼女とお腹の子が幸せになってくれているのことを願う。