その夜からセリーヌは熱を出した。

 医師の診断は『過労』。セリーヌが毎日のオーバーワークに疲れ切っていたことは明らかで、彼女の両親であるルヴィエ公爵とその妻リュシエンヌは、セリーヌをしばらく休ませることに決めた。
 しかし数日経っても、彼女は高熱にうなされ続けていた。ほとんど目を覚まさず、食事も摂れないのでみるみる弱っていく。

「セリーヌの熱はまだ下がらないのか……」
「ええ。お医者様も過労にしては長引いているけど、原因は分からないそうで……」

 公爵家お抱えの医師や侍女達だけでなく、家族が交代で彼女を見守り看病し続けた。

 玉のような汗をかき、頬は赤く染まり、息は荒い。触ると燃えるように熱い体温は、どんなに冷やしてもなかなか下がらない。

 セリーヌは大変な高熱にうなされながら、不思議な夢を見ていた。



 別世界の夢だ。

 土ではない黒の道、背の高い建物が立ち並び、鉄の乗り物が数多く行き交う。小さな部屋のような家に一人きりで暮らしていて、ドレスではなく薄茶の上着と乗馬も出来ないような薄い生地のズボンを履いて出かける。
 大きな鉄の乗り物に乗って職場に向かい、この世界にはない背の高い建物の中に入ると、箱に乗って上階へ登る──。

(あれは、わたくしの前世。──私、会社員だった……)

 前世の彼女は、ある会社の広報課でポスターやCM制作を担当し、毎日生き生きと働いていた。趣味は美味しいパン屋を巡ること、それから乙女ゲームをすること。
 社内恋愛で付き合い始めた彼氏ともラブラブで、充実した日々を過ごしていたはずだった。

 ある夜、彼氏から携帯に連絡が来た。

『別れよう。お前とは無理だ』

 つい二日前に食事をして、そのまま自宅に泊まったはず。その時はそんなこと微塵も感じられない程、普段通りだった。何を急に言い出すのか。悪い冗談なのか。
 慌てて電話をするが繋がらず、連絡が取れないまま一夜明けた。

 だが、出社してから時間を見つけて彼の部署に会いに行こうと悠長に構えていた。話し合えば和解できる、何かの間違いだと信じて疑わなかった。

『ねぇ、ついに営業のエースが結婚するって聞いた?』
『え?』

 青天の霹靂だった。営業のエースとは彼氏のことではないか。他にもエース級の仕事をする人がいるのだろうか。嫌な予感がして名前を聞くと、彼の名だった。

 その日の朝礼で、同じ営業課の若くて可愛い小動物系の女の子と婚約を発表したらしい。しかも相手のお腹には赤ちゃんがいるとか。