「っ! き、君は公務ばかりで俺は二の次。指一本触れさせてはくれなかったではないか! 寂しい俺の心を、オデットが癒やしてくれたのだ」

(認めたわね! 最低!)

 その発言で一気に会場のざわめきが大きくなった。王子はカァッとその顔を赤く染め、反撃を試みる。

「君こそオデットを虐めて楽しいか!? 彼女を階段から突き落としたそうじゃないか!」
「全く身に覚えがございませんわ。何月何日のことですの?」
「先週の金曜日だ! 泣きながらオデットが足が痛むと言うから、俺が医務室に運んだのだ」

 浮気の日時を自分で証言していることに、アベルは気づいているのだろうか。セリーヌはまたもや「はぁ」とため息をついて、自身の身の潔白を説明する。

「先週の金曜日でしたら、妃教育と公務でアカデミーを休んで、終日王宮におりました。わたくしの護衛騎士でも、講師の先生でも、王妃様でも、どなたにでもご確認くださいませ」

 セリーヌの無実を複数の人物が証言出来るのだ。事実無根であることは明白である。濡れ衣は着せられずに済んだ。

 そしてセリーヌは、怒りに満ちた心を華麗に隠し、ニッコリと笑う。

「しかしながら、婚約破棄は承りました。婚約者がいるのに、学校のベッドで浮気をするような男性とは添い遂げられませんわ。ごきげんよう」

 優雅にその場を退場するセリーヌ。その姿はどこまでも気高く美しい。彼女に批判的な言葉を浴びせる者は誰一人いない。婚約者の裏切りに涙一つ見せない彼女に、数多くの賞賛の眼差しが送られていた。


──そして。
 
 第一王子の不貞というスキャンダルでざわつく講堂から、早速抜け出した者が一人。セリーヌのことを密かに想い続けていた『彼』は、この機を逃すまいと行動することにした。

 セリーヌとアベルの婚約が正式に破棄され、他の男が彼女に言い寄る前に、自分が彼女に愛を乞うためだ。誰よりも早く彼女に縁談を申し込む為に、彼は両親の元へ急いだ。

 直接彼女に言い寄るよりも、両親の力で強制的に婚約を結んでしまう方が確実だ。彼女の心はその後で、ゆっくりとじっくりと、愛を囁き甘やかし尽くして手に入れるのだ。

 もしかしたら自分に残された時間では足りないかもしれないが。だがそうだとしても、自分の全財産や地位を彼女に遺せるのならば、それもいい。あと幾許かの命だったとしても、その全てを彼女に捧げよう。

 全てを諦めかけていた人生が、急に光り輝いていく気がしていた。

 やっと舞い込んだ好機。絶対に逃しはしない。
 
 これは、彼の一途な想いが、成就するまでの物語──。