そして彼は、完全に消えた。

ふと視線を落とせば、彼がたっていた床に、紙を切って象っただけの、人形が落ちている。直感が、『それ』が彼だったと言っていた。

ああ、なんてことだろうと、苦笑する。

彼は、真実を知らない者には見えないという嘘を、本当の自分ではないという嘘に被せていたんだ。

痛感する。世界は、嘘で溢れている。嘘の需要は、とてつもなく高い。それなのに、あまりに静か。いやひょっとしたら、この静けさすらも、嘘かもしれない。

ドアが開き、点滴や注射器をカートに乗せて巡回している看護師が入ってきた。笑顔の看護師が、点滴交換しますねー、と、作業を始める。

けれど、その笑顔の下が、私には見て取れた。

仕事のストレス、上司への不満、職場への訴え、私への感情、面倒くささ……

取り繕われている仮面の一枚向こうが、はっきりと見て取れた。

メガネをかける。

私は一言、「いつもありがとうございます」と、看護師にお礼を言った。





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