「俺の中の綾原小織はもっとクールだったんだが」
テーブルのど真ん中に置いた雑誌を見下ろし、八尋は言った。
「それは心を無にして書きました」
と衣茉は言う。
いや、何故だ……。
「私というものが出ると、駄目な感じになるので。
ある意味、個性を消して、別人を演じるように書きました」
それでいいのか……と思う自分の前で、本など読まない千栄子は、
「へー、作家さんって大変なのねえ。
冷凍みかん食べる?」
と本の話はもういいらしく、勧めはじめる。
……いや、こいつはたぶん、駄目な部類の作家なのでは。
だが、母にとっては、綾原小織の作風などどうでもいいようだった。
唐突に、
「まあ、ほんとうにいいお嬢さんね」
と言って、満足そうに頷く。
心を無にして小説を書く小説家が?



