紫陽花が泣く頃に



しばらく歩いたあと、古風な一軒家にたどり着いた。【小暮】と書かれた表札を見て、ここが彼の家なんだとわかった。

小暮は「ちょっとそこで待ってて」と、私を玄関に置いて、自分だけ家に上がった。床には彼の靴下の跡が付いている。私のせいで、小暮も相当濡れてしまったんだろう。

彼が戻ってくるまで、見える範囲で家の中を確認した。美憂が何度も出入りしていた場所。のろけ話の中に出てきたこの家に、まさか自分が来ることになるとは思ってなかった。

「これで拭いて」

戻ってきた小暮の手には、真っ白なタオルが握られていた。言われるがまま受け取ると、タオルは少しだけパリパリとしていて、使った形跡がなかった。
……わざわざ新品のものを出してきたのかな。べつに普段使ってるものでよかったのに。

「洋服はどうする? 俺のでよかったら貸すけど」
 
「……タオルだけで平気。それより小暮も自分のことを拭きなよ」

「俺はそんなに濡れてないから」

お風呂上がりのようにぺちゃんこになっている彼の髪の毛。十分濡れてるくせに、小暮は私の心配ばかりをする。

「……なんで否定しなかったの?」

「なにが?」

「私たちのこと。誤解したでしょ、菅野のヤツ」

菅野の挑発にムカついたとしても、あの場は『違う』と言うべきだった。言うと思った、小暮なら絶対に。

「あいつ、明日にはみんなに言いふらしてるかも。ううん、もうすでに誰かに言ってる可能性もあるんだよ」

「……まあ、俺は別にいいけど」

「よくないよ!」

思わず大きな声を上げてしまった。

他の人だったら、私だって気にしない。でも小暮だけはダメだ。私と噂になるなんて冗談じゃない。

「そんなことになったら、美憂が嫌がるよ」

ぽつりと呟いたら、前髪から雨粒が落ちた。

――美憂。小暮の前で初めて名前を呼んだ。

もう色々と気づかれてるんだろうし、白々しく誤魔化すのも、疲れた。

「美憂は私の双子の姉だよ。だからあんたは私に優しくしてくれてるんでしょ」

言いながら、声が詰まった。