人気のない非常階段は、私がひそかに見つけた昼食場所だ。膝の上でお弁当を広げながら、小暮の顔を思い浮かべる。

パンダのクッキーを食べたアイツの瞳が潤んだのは、多分気のせいじゃない。

私は以前、美憂と一緒にクッキー作りをしたことがある。

――『ねえ、和香ちゃん。一生のお願いがあるんだけど!』

大袈裟な言い方で、頼んできたのはいつだったか。たしか中学二年生になったばかりの頃だった。





「え、急になに?」

インターホンが鳴ったと思えば、美憂が連絡もなしに突然家にやってきた。私もちょうど学校から帰宅したばかりで、美憂も制服のままだった。

「だからね、私にクッキーの作り方を教えてほしいの!」

美憂の一生のお願いは今までにもあった。だから、それに関してはそこまで大きく受け止めていない。問題は今回頼んできた内容だ。あたかも私がクッキー作りの上級者のような言い方だけど、そんなものは一度も作ったことがない。

ひとまず美憂に上がってもらって、私は制服を脱いだ。「美憂も着替える?」と、差し出したのはおそろいのルームウェア。ちなみにこれは美憂が私と着るために買ってきた服で、なぜか美憂用のものもうちに置きっぱなしにしてる。

「うん、着る着る!」

「んで、なんでクッキーなわけ?」

「今日隣のクラスが調理実習をやっててね」

「うん」

「私も、その、あげたい人がいるんだ」

モコモコのルームウェアをすっぽり被った美憂の顔が赤くなっていた。

「それってもしかして、前に言ってた友達のこと? たしか名前は、こぐ、ごぐ……ま?」

「小暮千紘くん!」

「ああ、そうだ。小暮」

彼の名前は、たびたび美憂から聞いていた。同じクラスメートで、最近とくに仲良くしているそうだ。
美憂が男子と親しくするなんて、今までなかった。
色んな人からの告白を断ってるから、てっきり恋愛に興味がないと思っていたけれど、そうじゃなかったらしい。

「小暮って、美憂の彼氏なの?」

「ち、違うよ。まだ私の片思い!」

「両思いでしょ」

美憂は気持ちを隠せる性格じゃないから、おそらく小暮も自分に気があるんじゃないかと勘づいているはず。美憂に好かれて喜ばない男はいない。こんなに可愛い子に想われたら、誰だって秒で好きになる。

「両思いかどうかはまだわからないよ。私と違って千紘くんはあんまり顔に出さないから……」

「付き合おうって話にならないの?」

「ならないよ。そういう雰囲気にもなったことないし……」

だから、小暮に意識されてないんじゃないかと不安がっている。

「イケメンなの?」

「優しい人だよ」

「イケメンじゃないんだ」

「私はカッコいいと思ってるよ」

「美憂は私さえいればいいって言ってたのにね」

「え、ちが、和香ちゃんと千紘くんは別だよ!」

「はは、うそうそ。冗談」

私は笑いながら、冷蔵庫を開けた。先日買い物に行ったこともあって、薄力粉、バター、卵、砂糖が揃っている。さらにココアもあったから、もしかしたら二種類のクッキーが作れるかもしれない。