紫陽花が泣く頃に



「実は家族以外の人にクッキーを食べてもらったのは初めてだったんだよね」

「え、そうなの?」

「ついでに言うと料理は得意じゃないの。だからクッキーもちゃんと作れるようになるまで何回も失敗しちゃった」

美憂に欠点はないと思っていたから意外だった。もしかして俺のために練習してくれたんだろうか。少しだけ自惚れそうになったけれど、それは調子に乗りすぎな気がして打ち消した。

「最近ね、ちょっと色々と自分のことを見つめ直さなくちゃって思ってて、出来ることも少しずつ増やしてるところなんだ」

美憂はベッドを背にして、膝を抱えた。

彼女はたしかにしっかり者というわけではない。クッキーのやり取りからわかるように、少し抜けているところもあったりする。

だけど性格は真面目だし、周りからも信頼されてるし、美憂の周りに人が多いのは可愛いからではなく、彼女の人柄がいいからだ。

俺の目からすれば、十分すぎるくらい美憂は色々なことをやっているように見えるけど……。

「なんで自分のことを見つめ直したいって思ったの?」

「私、家ではお母さんに甘えっぱなしだからさ」

美憂はよく家族の話をしてくれる。働き者のお父さんと、お菓子作りが趣味のお母さんと、溺愛している妹の話。

「お母さん、美人そうだよね」

会ったことはないけれど、美憂の容姿を見れば大体想像はつく。

「若い時はけっこうモテたみたいだよ」

「美憂と似てる?」

「目元はそっくりだって言われるけど、全体の雰囲気は妹のほうがお母さんに似てるよ。妹は自分のことをお父さん似だって言い張るんだけどね」

一年前にプレゼントしたシャーペンは、今も大事に使っていると聞いた。どんな妹なんだろう。興味はあるけれど、わざわざ写真を見せてと頼むのは図々しい気がして憚られた。