紫陽花が泣く頃に






「……ねえってば!」

激しく揺り起こされた俺の目の前には、頬を膨らませた美憂がいた。

「寝ちゃうなんてひどいよ」

彼女と親しくなって早一年。中学生二年生になった俺たちの交流は続いていて、美憂はうちに遊びにくるまでになっていた。もちろん俺は異性として、美憂のことを意識するようになっていた。

「寝てもいいって言わなかったっけ?」

「それはゴロゴロして待っててねって意味だよ」

「なんかいい匂いがする……」

「ふふん、じゃんっ!」

美憂が得意気に見せてきたのは、皿に並べられたクッキーだった。

どうして彼女がうちでクッキーを焼いていたかというと、数日前の出来事にさかのぼる。

その日は隣のクラスで調理実習が行われていた。モテる男子は何個もクッキーをもらっていたが、もちろん俺にくれる女子はいなかった。 

『千紘くんも欲しいと思う?』

『べつに』

『今まで手作りお菓子をもらったことは?』

『あるわけない』

『じゃあ、クッキーも?』

『うん』

……なんていうやり取りがあったわけだけど、まさか美憂がわざわざクッキー作りに来るなんて夢にも思わなかった。

「お味はどうですか?」

焼きたてのクッキーを一枚口に入れると、美憂はその姿を食い入るように見てきた。

「普通に美味しいよ」

「本当?」

「うん、本当。これって犬?」

クッキーはすべて動物になっていた。といっても型抜きじゃなくて美憂が自ら形成したもので、バニラとチョコのミックス味になっている。

「犬じゃなくて、パンダだよ!」

「え、パンダって髭あったっけ?」

「ある……よね?」

「ないと思うよ」

「うっそ、だってパンダってネコ科だもん」

「パンダはクマ科だよ」

まあ、漢字表記だと大熊猫って書くから、あながち間違いではない気がするけど。美憂は作ったクッキーをばあちゃんのぶんまで取り分けてくれて、残りのものは両親の仏壇に供えてくれた。