紫陽花が泣く頃に




翌日。私は校舎に入る前から両耳にイヤホンを装着していた。周りの音を拾わないように、あえて曲はロックを選んだ。これなら話しかけられても大丈夫。なんにも聞こえないから、無視しても罪悪感がない。

私の防御は完璧……なはずだった。

「ねえ」

席に着くなり、小暮は力強く私の肩を叩いてきた。声だけで話しかけてくれたらいいのに、叩くのはナシでしょうよ……。

思わず反応してしまって、今さら無視はできなくなった。仕方なく左耳のイヤホンだけを外した。

「……な、なに?」

「これ」

美憂のことを聞かれると思っていたのに、彼から渡されたのは数学の教科書だった。

「昨日、忘れていっただろ」

「え、あ、そうだっけ」

「あと教えてって言ってたところ。お節介だと思ったんだけど、数式の求め方だけメモ用紙に書いて挟んでおいたから後で確認して」

「ああ、うん……ありがと」

私は気の抜けた返事をするだけで、精いっぱいだった。

……ま、待ってよ。こんなはずじゃない。質問されないように対策を練っていたのに、いざなにも言われないと、それはそれでなんでと思う。

だって小暮は私に聞きたいことがあるはずだ。それなのに彼は教科書だけを渡して、いつもどおり窓の外に目を向けてしまった。

なんなの、本当に。こんなの拍子抜けすぎて……私のほうが小暮のことを気にしてしまっていた。