紫陽花が泣く頃に



次の日。引っ越し用のトラックをお父さんが職場から借りてきた。私たちの荷物が入った段ボールを積み終えると、ぐずぐずした顔の美憂が見送りにきた。

「……っ、和香ちゃん」

昨日から泣きすぎて、顔が浮腫んでしまってる。ここで別れの言葉を言えば、美憂はもっと泣くんだろう。かといって気休めに慰めても今は逆効果だ。

「じゃあ、行ってくるよ」

私は買い物にでも行くような口調で、トラックの助手席に乗り込んだ。シートベルトを着けたタイミングで、お父さんがエンジンをかける。乗用車と違ってトラックは座席が高いから、窓から見えた美憂は目線の下にいた。その隣には美憂の手を握っているお母さんの姿がある。

「気をつけてね」

「うん」

お母さんと交わした言葉は、それだけだった。

両親が離婚しても、私とお母さんが親子じゃなくなったわけじゃない。それでも家を離れる私に対して、お母さんは寂しい顔もしない。美憂と同じように、手すらも握ってはくれない。

いつからだろう。

こんな気持ちを抱くようになったのは。

いつからだろう。

自分だけが求めるのはあまりに惨めだからと、強がるようになったのは。

「ごめんな。本当は和香も俺じゃなくてお母さんと一緒がよかっただろ?」

なぜかお父さんが申し訳なさそうに、眉を下げていた。

「そんなことないよ」

トラックのバックミラーに映るお母さんと美憂の姿が遠ざかっていく。

私はべつにお母さんと暮らしたいわけじゃない。むしろお父さんがひとりになるほうが心配だから、一緒に付いて来れてよかったと思ってる。でも……。

――『美憂のことだけは私が引き取る。美憂と離れることなんてできないもの』

それぞれの親に分けられることが決まり、話し合いが行われた夜。開口一番にお母さんはそう言った。

お母さんが私よりも美憂を大切にしてることはわかっていた。だからわざわざ言葉にしなくても、私はお父さんを選ぶつもりでいた。

それなのに、お母さんは私の前ではっきり言いきった。美憂と離れることはできないって。つまり裏を返せば、私とは離れてもいいってことだ。

寂しくはない。ただ雨染みのように黒い感情だけが、胸の奥で広がっていくだけ。