灰色の朝。俺はスマホのアラームで起きて今日も学校へと向かう。
家を出て見えてくるのは一本の長いあぜ道。周りには稲が植えられていない池と化した田んぼがあり、そこに雨が落ちるたびに水紋が広がっている。
ゲゲゲゲゲ……ッ。
けたたましいカエルの鳴き声を聞きながら、小石が敷き詰められている地面を歩いていた。
と、その時。前から一台の軽トラックが走ってきて、短いクラクションを鳴らされた。
「千紘、今から学校か?」
トラックの窓から顔を出したのは、近所に住むおじさんだった。近所、といってもこの町では田んぼを挟んで三〇〇メートル圏内ならばみんな近所という認識だ。
「門田のおっちゃんは農協帰り?」
「おう、半分は連れ合いたちの生存確認だけどな」
おっちゃんの年齢は多分七十五歳くらい。その世代の人たちは用がなくても農協に集まって暇を潰している。お茶が飲めるこじんまりしたスペースがあるから、喫茶店感覚なのかもしれない。
門田のおっちゃんとうちのばあちゃんは高校の同級生だったらしい。実は初恋相手なんだと前におっちゃんが言ってたことがあるけれど、本当かどうかは定かではない。
「あ、そういえばさっきタバコ屋の前であの子を見かけたぞ」
「あの子?」
「ほら、一年くらい前によく千紘が一緒に連れてた女の子だよ」
ドクンと、心臓が跳ねた。おっちゃんが言ってるのは、美憂のことだ。彼女と一緒にいるところは何度も目撃されていて、そのたびにおっちゃんから冷やかされた。
「ちょっと雰囲気が違ったけど、あれはどう見てもあの子だったよ。お前ら最近一緒にいないけど喧嘩でもしたのかって……おい、千紘!?」
俺はおっちゃんの言葉を待たずに走り出した。