紫陽花が泣く頃に



和やかな雰囲気が続き、紅茶も飲み終わろうとしていた頃、「ねえ、お母さん」と柴田がおもむろに問いかけた。

「どうしたの?」

「水飴症候群って知ってる?」

その質問に、思わず目を見開いてしまった。もしかしたら柴田は最初からこのことを律子さんに聞くつもりでいたのかもしれない。

「ええ、この町の言い伝えのことなら、もちろん知ってるわよ」

「じゃあ、美憂に水飴症候群のことを教えたのもお母さん?」

「そうよ。あの子はそういう話が好きだったでしょ。だからこの町にも不思議な言い伝えがあるんだよって教えたら目を輝かせてたわ」

つまり律子さんから聞いた話を美憂は俺たちに話していたってことか。

「言い伝えって二種類あったりする? 私と小暮が美憂から聞いた話が少し違うんだよね」

「ああ、それはきっと私のせいかも」

「え?」

柴田と俺の声が綺麗にハモった。

「美憂がその話をあまりにも気に入ってたから、何度も話してるうちに私が色々と変えちゃってね。それでも美憂は嬉しそうに聞いてくれてたけど」

ということは、美憂が俺たちに話してくれた言い伝えは、律子さんが作った話だったってことか?

でもこの町は今も雨が降っている。まるで作り話の言い伝えと同じように。

「でも言い伝え自体はあるんですよね? 本当の話ってどんな内容なんですか?」

身を乗り出して質問したのは俺だった。

「それを話す前に私もふたりに渡さなきゃいけないものがあるの」

律子さんは立ち上がって、戸棚の引き出しを開けた。そこから取り出したのは、二通の手紙だ。

「美憂から預かったものよ」

それを聞いて、ドキリと心臓が大きく跳ねた。

「いつかふたりが一緒に家を訪ねてくることがあったら、渡してほしいって頼まれてたの」

「ふたりで……一緒に?」

俺と柴田は顔を見合わせた。

「きっとふたりに伝えたいことがあったのね。よかった。渡せる日がやってきて」

律子さんから受け取った手紙。美憂の想いが詰まっているからか、ずしりと重たく感じた。

そのあと、俺たちは家を出て公園に向かっていた。出迎えてくれたのは、深紅色の紫陽花。美憂がメリーゴーランドと名づけた東屋に入った。

向かい合わせに座った俺と柴田は、同じタイミングで手紙を開けた。中には便箋が二枚。綴られていた文字は、間違いなく美憂の筆跡だった。