「すいません、遅くなりました。」
そのタイミングで廊下から香世の声がする。

「入れ。」

スーッと襖が開いて、着替えのスーツを持って香世が入って来る。
その後ろをおずおずと隠れながら真子も入って来る。

「真子…別に怒った訳では無い。」

真子にそう伝えるが、タマキが肘で突いてくる。

他にどう言えば……。

「真子ちゃんと今日は読み書きのお勉強をしました。真子ちゃん上手にお名前が書けるようになったんです。」
不意に香世が空気を変えようと思ったのかそう言ってくる。

そして1枚の藁半紙を正臣に差し出してくる。

「これは真子が初めて書いたのか?
上手だな。
俺は字があまり得意では無いから、
きっと直ぐに真子に抜かされるな。」
思いのままを口にしてみる。

するとシュンとしていた真子がパッと明るくなって、
「これも、これも書きました。
お勉強とっても楽しかったです。
後、『桜』の歌も覚えました。」

そう言って、次々に紙を出してくる。
いろはにほえとやら、1、2、3の数字やら沢山書いていた。

「半日でこんな書けるようになったのか。
今から文具屋に寄って行くから、ノートや鉛筆やいろいろ必要な物を買い揃える。
この分なら、すぐに里の親に手紙も出せるようになる。」
そう言うと、

「うち、いっぱい覚えて手紙書きます。
…だけど、家族の誰も字が読めないよ…。」
困った顔で真子が香世を見上げてくる。

「じゃあ、真子ちゃんが覚えた事を今度は家族に教えてあげてね。そしたら家族みんな字が読めるようになるね。」

香世は屈んで真子に目線を合わせて微笑む。

「素敵!うち頑張る。」
真子は元気になってぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「真子、転ぶといけないから大概にしなさい。」
正臣がそう咎めるが、

今度は真子が
「はーい。」
と言ってにこりと笑う。

俺に足りないのは気遣いか……。

そう思い、タマキを振り返り見るとにこにこと笑っている。