翌朝、子供の足音で目が覚める。

時計を見ると6時前、辺りは暗くやっと手元が見えるくらいだ。

「…姉さん…香世姉さん。」
パタパタと廊下を走っている足音。
 
香世は一階の奥の部屋に寝ている。

俺の自室は2階で、真子はその隣の部屋に寝かせていた。

襖を開けて真子に呼びかけようとする。

ふと、階段上まで香世が来ている事に気付く。
俺は音を潜めそっと2人を見守る事にする。

寝巻きの浴衣に半纏を着た香世が薄暗がりで、真子を抱きしめている。

「起きたら、姉さんがいないから、うち、ひ、ひとりぼっちになったのかと、思って…。」
真子がシクシクと泣き出す。

「ごめんね、寂しかったよね。
よく寝れた?お腹、空いてない?」
香世が小声で話しかけている。

「お風呂に入ろうと思って、今薪を焚べてるんだけど、真子ちゃんも一緒に入る?」

「一緒に入る…。」
真子が香世にギュッと抱きついて離れない。

「真子ちゃん、後から二階堂様からお話しがあると思うんだけど、真子ちゃんを尋常小学校に入れてくれるんだって。」

「うち、学校行けるの?」

「読み書きそろばんができた方が、
良いお仕事に就けるし、
お給金だっていっぱいもらえるのよ。」

「本当?うち、学校行きたい。」

「良かったね。学校へ行く前に今日から私が、読み書きそろばんをちょっとずつ教えるね。」

「やったぁ!」
と、真子がぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「真子ちゃん、二階堂様が起きてしまうといけないから、騒いじゃ駄目よ。下に行こう。」
香世は上手に真子を誘導して階段を降りて行く。

昨日会ったばかりの2人だと言うのに、
真子は香世に懐き、まるで本当の姉妹のように見えるから不思議だ。

香世は子供の扱いが上手いのだと思う。

俺に買われる事を納得させる為に、
真子の事も一緒に引き取る事にしたのは、
その場の思い付きに過ぎなかったのが、
今となっては良かったと思う。

真子と穏やかな顔で話している香世を見て心が安らいだ。

俺では引き出す事の出来ない、
素顔の香世を垣間見る事が出来た。