「おはよう。マサさん、今日も朝早くからありがとうございます。」

台所に行くと、使用人のマサが既に朝食の準備をしていた。

「おはようございます。
お嬢様…今日の日ぐらい、
どうかのんびりとお休みになっていて下さい。」

「大丈夫よ。こう言う日こそ、
体を動かしていた方が気持ちが紛れていいのよ。」
香世はフワッと笑う。

春先の朝はまだ薄暗く、
火を焚べてからまだ幾分も経っていない台所は冷え切っていた。

水道の水は冷たく、赤切れだらけの指は、
冷た過ぎる水で感覚を失いじんじんとしている。

香世は、お味噌汁に入れる長ネギを洗い刻み始める。
手を動かしながらマサに話しかける。

「ねぇ。マサさん、
どうか龍一の事を気にかけてやって下さい。
まだまだ子供で、きっと私が居なくなると寂しくて、泣いてしまうかも知れません。」

「もちろんです。
龍一ぼっちゃまの事はこのマサが、
お嬢様の分までも愛情を込めて、
立派な人になる様にお手伝いさせて頂きますので、ご心配をなさいませんように。」

「ありがとう。
それと、お父様のお酒の量も心配なの…。
何度となくお酒を所望されたら、
少しお水を足して薄めて出してね。
お父様にはいつまでも健康でいて欲しいから。」

「お嬢様……、
どこまでもお優しい事を…。
旦那様のせいでこれほどまでに辛い思いをなさっているのに…。」

マサはおもわず目頭を抑え唇をぎゅっと結ぶ。

「マサさんどうか泣かないでちょうだい。
今日は笑顔でさようならを言って去りたいの。
私の事はお嫁に行くような気持ちで、
送り出して欲しいわ。」

健気にも寂しげに微笑む香世をマサはうんうんと頷き、窓から見える空を見上げる。

雲りがちの空は今にも雨が降り出しそうで、

香世もマサと一緒に見上げ、
まるで私の心を映し出したかのようだと苦笑いする。