冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す


香世は目を見開いて二階堂を見る。

「真子ちゃんは、一度も学校に通った事が無いようで、読み書きが出来無いと言っておりました。
きっと、とても喜ぶと思います。
二階堂中尉様ありがとうございます。」

香世は思わず、箸を置いて頭を下げる。

「いいから、ちゃんと食べろ。
…それに家まで役職で呼ばれるのはいささか疲れる。名前で呼べ。」

な、名前で⁉︎

突然、そんな事言われてもと香世は焦る。

「どうした?俺の名前も忘れたのか?」
薄目で睨まれ気持ちが縮こまる。
 
香世は首をぶんぶんと横に振るが、
名前で呼ぶなんて恐れ多くて出来そうも無い…。

二階堂は箸を止めて、香世を咎めるような目で見ている。
香世は俯き、箸をぎゅっと握る。

「ま、まさ、おみ様…。」
緊張で、か細い声しか出ない。

「もう一度。」

ちゃんと言わないと許しては貰えない強い視線を感じる。

「正、臣様…。」

「まぁ、いいだろう。」

やっと許してもらえたようで、
二階堂、改め正臣が再び箸を取り食べ始める。

香世はホッと力が抜けて、箸を置きお茶を飲もうとする。

「熱ッ…。」

熱いと言われていたのに…

「大丈夫か?」

香世がコクコクと頷く。

舌先がヒリヒリするが、何事も無かったかのように香世は食べ始める。

が、涙目になっていたのを見抜かれたのか
正臣がフッと笑う。

えっ?と香世は驚く。

会ってからずっと感情の分からない表情だったのに、少しだけ笑ったその顔がとても優しくて、不覚にもう一度見たいと思ってしまった。