着替えを終えたのか、
二階堂が着流し姿でスッと現れた。
「タマキ、すまないが香世殿に暖かいお茶を。」
「かしこまりました。」
二階堂の言葉でタマキは微笑み部屋を出て行ってしまう。
二階堂と急に2人っきりになり、
香世は所在無く部屋の入り口に座り続ける。
「もっと火鉢の側に寄れ。」
寒そうに見えたのか、二階堂が香世に声をかける。
香世は緊張の面持ちで彼の座る火鉢の側に近付き座ろうとすると、
不意に手首を掴まれ引っ張られ、
なす術なく二階堂に寄りかかる様に畳に崩れてしまう。
二階堂を近くに感じ、香世の心臓はドキンと脈打つ。
「氷のように冷たいでは無いか…。」
怪訝な顔で二階堂が香世の手を自分の手で包み込み温める。
大きくて無骨で、鍛えられた硬い手のひらは暖かった。
香世は初めての出来事に身を固くして、
脈打つ自分の鼓動を何とか制御しようと試みる。
「手が、荒れているな。
今まで女中のような仕事をしてたのか?
しばらく水仕事は禁止だ。」
そう、香世に告げる。
抑揚の無い声に意図が見えない…
香世は混乱する。
1000円もの大金で買われたのに…
私は明日からどう過ごせば良いのだろう。
水仕事を禁止されたら何も出来なくなる。
「わ、私は…明日から何をすれば?」
香世は慌ててそう聞いてしまう。
「敷地内を出なければ好きに過ごせば良い。女中はすでに足りている。」
確かに、1人の主人に3人も女中がいるのは多過ぎるのかもしれないが…。
「私は貴方に買われた身です。
何も役割が無いのは心苦しいのです。」
握られたままの手を見つめながら香世は言う。
「役割ならあるぞ。」
そう言う二階堂の顔をここに来て初めて見る。
こんなに近くで彼を見るのは初めてだった。
恥ずかしくて目を離したいのに離せない。
「あ、あの…
なぜこんなにも良くしてくださるのですか?
…どこかでお会いした事があるのでしょうか?」
二階堂は香世を見つめ、
「覚えて無いのか…。」
とため息を付く。
「ならば、思い出す事が明日からの貴女の仕事だ。」



