冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

月日は過ぎ、
夏が終わり秋が来て、正臣と香世は神社で結婚式を挙げた。

両家族と身近な人だけを集めた小さなものだったけど、周りの人達に祝福され、隣りを見上げれば正臣が温かい目で見守ってくれている。

それだけで、香世はとても幸せを感じる。

私は一生結婚なんて出来ないんだと思っていた、15歳の頃の私に教えてあげたい。

幸せはあなたの直ぐ近くにあるから心配しないで。
前を向いて進んでいればあなたを見つけ出してくれるから。

神前式が滞りなく終わり、
香世は神社の縁側を色打ち掛けに着替え静々と歩く。

始めは渋っていた父が姉の強い誘いを受けて神前式だけは顔を出してくれた。

会社を辞めた後めっきり老け込んだ父は、
既に隠居した老人のように、以前のような高飛車な振る舞いも無く静かに暮らしているようだった。

玄関で香世を待っていた正臣と合流し、披露宴会場へと2人連れ立って歩いて行く。

正臣も今日は羽織袴で、何処からみても軍人には見えない。
その風情はどこかの貴族のように凛々しく、品格に満ちていた。


香世が、参道にはらはらと落ちる紅葉の葉を見て立ち止まる。

「綺麗だな。」
正臣が呟く。

香世も、
「本当に綺麗。」
と、言って正臣に微笑み返す。

「綺麗なのは香世の事だ。」
満遍の笑みでそう伝えられ驚き目を丸くする。

「あ、ありがとうございます。」
恥ずかしくなって俯くけれど、容赦なく顎に指をかけられ上を向かされたかと思うと、唇に口付けされる。

「誰かに見られていたら恥ずかしいです。」
咄嗟に正臣に抗議する。

正臣は悪戯な目をして屈託なく笑い、香世の手を引きゆっくりと歩き出す。

「正臣さんこそ素敵です。」
香世が一歩後ろを歩きながら正臣を見上げて微笑む。

「男は花嫁の引き立て役に過ぎない。
今日の香世は綺麗過ぎて、誰にも見せたく無いくらいだ。」
そう言ってじっと見つめられる。

「このまま…家に帰ろうか。」
香世の手を取り歩き出す。

「本気じゃないですよね?皆様お腹を空かせて待ってますよ。」
香世は慌てて正臣を止める。

「俺はどちらかと言うと早く香世を食べたいのだが…。」
熱い目を向け香世を見てくるから、心臓が高鳴り目が泳ぐ。

まだまだ初心な香世の姿が可愛くて、つい正臣は揶揄ってしまう。

「早く会場に行きましょ。」
今度は香世が正臣の手を引っ張り、せかせかと先を歩く。

「きゃっ!」
慣れない履き物に香世は躓き転びそうになる。

すかさず正臣が後ろから引き寄せ抱き寄せる。

「ごめんなさい、ありがとうございます。」
香世は動揺しながらも正臣からそっと離れ
襟裳を直す。

「これは抱き上げて行くべきか?」
正臣が真剣な眼差しを向けるから、
「大丈夫です。」
と、香世はまたいそいそと歩き出す。

ハハハっと正臣が屈託なく笑い、香世の手を再び握り先を歩く。