「大旦那様。
その様な言い方では角が立ちます。
香世様にお願いしなくてはならないのですから、もっと穏便にお話しを。」
眼鏡の男に嗜められて、お父様は咳払いを一つする。
あっ!思い出した。
古賀さんだわ。確かタマキさんの旦那様…。
正臣様とも親しそうにしていたから決して
悪い人では無いはず。
そう思うと、眼鏡の奥の冷めた瞳が
悪戯っ子の様に見えて来るから不思議だ。
「その…なんだ…。
香世殿に、あの愚息を説得して欲しいのだ。
2人の結婚も許す。
好きにしてくれて良いから、家督を継いで、これまで通り軍で働くように言って欲しい。」
開き直ったようにそう言われて、
唖然としてしまう。
昨日は私に手切金を渡して、
別れろと言っていた人と、同一人物なの?
と思わず思ってしまう。
「大旦那様。
お言葉ですが、まずは昨日の事の謝罪をしなくてはいけませんよ。香世様は混乱なさっております。」
古賀がまた正臣の父に向かってそう嗜めるから、どちらが上なのか良く分からなくなってくる。
お父様は古賀さんに何が弱味でも握れているのかしら?
とおかしな方にまで考えが及んでしまう。
お父様はまた一つ咳払いをして、
「昨日は手荒な事をして申し訳けなかった。
しかし、正臣と君の気持ちを確かめたかったのだ。本気では無かった。」
正臣の父の言葉に戸惑いながら、
「あの…大丈夫です。
私、意外と打たれ強い方なので…
正臣様から追い出されるまではお側に居たいと思っていますから。」
言いながら、何だか恥ずかしくなって照れ笑いをしてしまう。
「それで…許してもらえるのだろうか。」
開き直った父親がそう聞いて来るから、
「お父様とは私も仲良くなりたいので、
本気ではなかったと聞いてホッとしました。」
率直な気持ちを伝える。
「では、正臣を説得してくれるか?」
「えっと…、
私の言う事を聞いて貰えるか分からないのですが…。」
「正臣様は、香世様の言う事に従うと言っておりました。」
すかさず古賀さんが話に入ってくる。
「そう、なのですね…。
分かりました。今夜迎えに来てくれるそうなので、お役に立てるかどうか分からないのですが…その時に聞いてみます。」
「分かった。
では、良い返事を聞かせてくれ。」
そう言って、正臣の父は踵を返して去って行く。
「フッ、本当に素直じゃない人だ。
ご静養のところ、お騒がせして大変申し訳ありませんでした。」
古賀さんが頭を下げて謝ってくる。
「何故、この様なことになったのですか?」
「正臣様から今朝実家に電話があったんです。家を継がないし軍も辞めると言っておられました。
その時に、貴方と和解してちゃんと許しを乞うたうえで、なおかつ貴方との結婚を認める事を条件に出されました。
それに、香世様からの説得が無い限り気持ちは変わらないとも言っておいででした。」
何故そこまで徹底してお父様を謝らせたかったのだろうか?
私なんかの為にそこまでしなくても…
「お父様は大丈夫でしょうか?」
「それはどう言う意味ですか?」
古賀が聞いて来るから、
「あの、その…きっと自尊心を傷つけてしまったのでは無いかと思いまして…。」



