香世が廊下で正座をして両の手を床に付き、
綺麗な所作で頭を下げる。

「お待たせして申し訳ありません、
香世でございます。」

妖艶な赤を主張する着物を着せられた香世が、
花魁ような出立ちで白塗りのおしろいに紅べにをひいている。

二階堂は一瞬見て、目を見開く。

不覚にも綺麗だと思ってしまったが…
下唇を噛み女将を睨む。

女将は気付いているのかいないのか、

「入っておいで。」
と、香世を手招きして呼び寄せ、
赤い絨毯の続き間に座らせる。

迎えに来た子供もその後に付いて香世の横に並ぶ。

このような席に子供がいる事に男達は不快な思いを抱く。

「なぜ、香世殿にこのような格好をさせた。
私の許嫁と知っての侮辱か。」
二階堂は静かに、そして怒りを抑え女将を見据える。

「私ゃ、香世の気持ちを汲んだまでだよ。
家族の為に自分がしなきゃいけない事をこの子は良く分かってるんだ。
アンタにじゃなく、私らを頼ったまでって事だろ。
分かってるんならサッサと手を引いてくれよ。」

香世の心が例えどこにあろうと、
ここで引く事は出来ないと二階堂は思う。

二階堂は香世を見据える。
きっと彼女は俺の事など気付く事もないのだろう。
こちらを見つめてくる香世の瞳に何の意味を持たない事は分かる。

心の無い無の状態。

二階堂は香世の澄んだ綺麗な瞳を、 
熱い眼差しで見つめ返しながら、

「香世殿、貴女はこんな所に居るべき人では無い。家族の事も全て引き受けるつもりだ。
だから、私の手を取れ。」

香世の瞳が少し揺らぐ。

それは動揺なのか戸惑いなのか、 
二階堂には到底分からないが…。

「子供を下げてくれ、このような交渉の場には相応しく無い。」
静かに二階堂が言う。

女将は鼻をフンと鳴らしただけで何も動かない。

香世は二階堂の言葉を聞いているのか、
いないのか分からない表情で、
それでも隣に座る小さな少女に何やら耳打ちをする。

子供はにこりと香世に微笑み返し、
嬉しそうに頭を下げてパタパタと部屋を去って行く。