その時、
玄関がガラガラと乱暴に開かれた音、
その後ドカドカと廊下を大股で歩く音が聞こえて来たかと思うと、
バンッと居間の襖が力任せに開かれ、
部屋にいる誰もが振り返る。
ブーツのまま和室にズンズンと入って来て
目の前に立ちはだかる。
「貴方は何をしているんだ!
俺に何の断りも無く勝手に来るなんて、無礼にも程がある。」
低く響く声は確かに泣く子も黙る鬼のようだと香世はまるで他人事のように、
自分の婚約者を見上げた。
「今日は大事な会議があったのではないか?
仕事を放っておいて何をこんな所に来ているんだ。」
父は念には念を入れ、正臣が帰って来られ無い時間帯を選びやって来ていた。
「俺にとって何よりも最優先は香世の事です。地位も名誉も例え家を捨ててでも、
彼女から離れる事はありませんから。
こんな金なんかで彼女の価値は測れる訳がない。」
正臣は力任せに風呂敷包みを蹴り倒す。
香世はハッと目が覚めたかのように立ち上がり、正臣の目の前に立ち、
「正臣様…私は大丈夫ですからこれ以上は、堪えて下さい。」
必死になって止める。
「香世…
この人の言う事は一切気にしなくて良い。
俺自身が香世を求めているのだから、
親が何と言おうが関係無い。」
正臣は香世をぎゅっと抱きしめる。
ああ、良かった……
香世はそう思いながら
フワッと頭から血が引くのを感じ、
ガンガンと鳴り響く頭痛のせいかスーッと意識が遠のく。
「香世?…どうした⁉︎」
遠くで正臣が呼ぶ声が聞こえる。
必死で起きなくてはと思うのに、
まるで水の中に引き込まれるように身体がどんどん沈んで意識を失ってしまう。



