そっと襖を開け、廊下に正座をして指を揃え丁寧にお辞儀をする。

「初めまして、樋口香世と申します。」
震える心を何とか鼓舞して挨拶をする。

「ああ、君が香世さんか。
挨拶は良いから早くもっと近くに来てくれ。」
そう手招きされて居間に招かれる。

頭を上げて初めて正臣の父と対面する。

正臣から家族の事は怪我の後、
何も聞かされていなかった。

記憶を失う前ならばもっと聞いていたのかもしれないが…
突然訪れた正臣の父に対して予備知識は無く、どんな人物かもついさっきタマキから聞いたぐらいしか知らない。

ただ、醸し出す空気は威厳に満ち、
只者では無いピリピリした緊張感が体を包む。

居間には部下なのか眼鏡を掛けた男が
少し離れた所に座っていて、そちらの方にもお辞儀をする。

「ここに座りなさい。」
と、座布団を指されおずおずと対面するように向かい合って座る。

しばらく品定めのようにじろじろと見られ、香世は居心地の悪さを感じながら、
それでもこちらから声をかけるのは無礼になるのではと、凛として姿勢を保ち静かにしていると、

「正臣は良くしてくれるか?」
と声をかけられる。

「はい。いつも気にかけて頂いています。」
と控えめに答える。

「あいつは軍人気質の堅物で人を寄せ付けんような、扱い難い男だから苦労しているのでは無いか。」

「いえ、とんでもございません。
いつも優しく接して頂いております。」
正臣を思い浮かべる時、
いつも屈託なく笑う笑顔しか浮かんでこないほど、穏やかな人だと思っている香世は
びっくりして耳を疑う。

「アイツは子供の頃から腹の底を見せないような生け簀がないヤツだった。
香世殿に何度も会わせろと言っていたのに、
一向に機会を作らず今日までほっとかれたから、痺れを切らせて勝手に来させて貰ったんだ。」
そう言って、正臣の父は盛大に笑う。

「そうだったのですか?
…何も知らずご挨拶もせずに、
大変な無礼を申し訳ありませんでした。」
香世は頭を下げて自分の無礼を謝る。

「そなたのせいでは無い。
アイツがひた隠しにするから悪いのだ。
いずれ結婚はさせる気でいたが、
わしが勧める縁談はことごとく駄目にする始末。まったく我が子ながら正臣は手に負えん。」

「そう…なのですか。」
何とお声がけするべきか香世も戸惑う。