冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

風呂場から聞こえる微かなお湯の音を聞き、
ホッとしながら我に戻る。

香世にしたら入院中、入浴もままならなかったのだから、久しぶりに浸かるお湯は何よりも気持ちが良いものだろう。

微かに香世の鼻歌が聞こえて来て微笑ましく思う。
龍一もさっき風呂に一緒に入った時に
歌っていた歌と同じだったのがとても可愛らしく、兄妹愛を感じずにはいられなかった。

正臣の心も少しほぐれ、
いつものように少し離れた土間の段差に
戻り腰掛けて待つ事にする。

香世の事になると度を越して心配や不安が
押し寄せて来るのは自分でも自覚はしている。

だからといって束縛するのは香世にとっては
ただの有難迷惑なのかもしれないから、
抑えなければと思うのだが…。

少し経った頃、香世が風呂場から顔を出す。

濡れ髪を横にひとまとめに縛り浴衣姿の香世に、正臣は衝動的に駆け寄り抱きしめてしまう。

突然抱きしめられた香世は驚き、身を固め正臣の腕の中で静かにしているしか術は無かった。

「ま、正臣様?どう、されたのですか?」

香世は抱きすくめられながら、心臓がどうにかなってしまいそうだわ、と思うほど脈打つ鼓動とは別の、トクントクンと奏でる規則正しい鼓動を聞く。

「すまない。少し臆病になった。」
正臣はハーっと深いため息を吐く。

腕の力が緩められ、正臣を仰ぎ見る。
「正臣様ほどの方でも、そう思う事があるんですね…。」
率直な感想をポツンと述べる。

「俺はいつだって香世の事になると臆病で心配で不安にもなる。」

軍では中尉と呼ばれるほどに出世したが、世間で噂されるような、屈強で鋼の心臓など持ち合わせてい無いと正臣自身は自覚している。

香世の生乾きの髪を撫でながら、不思議そうに見上げる香世の、額にそっと口付けを落とす。

たちまち真っ赤になって俯いてしまう。
その可愛いつむじにも口付けをして、宥めるように髪を撫でる。

「いつまでもこうしていたいが埒が明かないな。そろそろ戻るか。」

苦笑いしながら正臣は、行きと同じように香世の手を握り、薄暗い廊下を歩き出す。