「龍一、香世はまだ退院したばかりだから長湯は良くない。俺と入るか?」
えっ⁉︎
それには香世が驚く。
「そんな…それは申し訳ないです。」
慌てて言うが、
大喜びの龍一は既にその気になってしまい
止める事も出来ず、大丈夫だと正臣も龍一を連れ立って風呂へ行ってしまった。
居間には手持ち無沙汰になった香世と、姉の2人だけが残りどうしようと顔を合わせる。
「良いんじゃないのかしら。
いずれ香世ちゃんの旦那様になるのだから、
もっと甘えてしまえば良いのよ。
私はそれが出来なかったから…。」
姉が結婚した事も離縁して帰って来た事も記憶に無い香世は、なんて言葉をかけて良いか迷ってしまう。
「お姉様は、その…政略結婚だったの?」
「あれは政略結婚だったのかしら?
お父様から紹介されて結婚したけど、好きとか嫌いとかそう言う感情は無かったわね。」
普段からふんわりした雰囲気の姉だから、本心がどうなのか香世には良く分からない。
「あの時ああしていればとか…
ちゃんと向き合って話をしていればって後悔する事はあるけど、相手には結婚前から好きな人がいたの。私はお飾りの妻だったのよ。」
笑いながら話す姉の気持ちは読めないけれど少なからずの寂しさを感じる。
「お姉様を好きだって言ってくれる殿方は
これから絶対現れるわ。」
「出戻りの没落令嬢なんて貰い手は無いわ。
だから香世ちゃんは必ず幸せになって欲しいの。二階堂様にこれほど大切にされて、
愛されていて羨ましいくらいよ。」
そんな風に姉から言われて香世は驚き、
姉を見入ってしまう。
子供の頃から姉に敵うものは無かった。
花道も茶道も華のある姉に比べて自分は劣っていると思っていたし、努力をしなくてもなんなくこなしてしまう姉を羨むばかりだった。
だから、いつからか姉を助けて守る事が、
自分の使命のようなものだと思っていたところがあった。
その姉が自分の事を羨ましいと言う。
香世は驚くと同時に思い出せない記憶の中で、正臣にどれほど守られ大切にされていたのだろうと…。



