二階堂家に着き、香世はどこか懐かしい思いに駆られる。
抜け落ちてしまった三年間の記憶の中に
確かにこの風景はあったのだと思うけど…

玄関先に、女中が3人並び頭を下げている。

正臣が龍一を抱き上げ先を歩き、
香世と姉は後に続く。

なんだかこんな事も以前あった気がする。

霞がかった記憶の糸を手繰り寄せようとするのだが、その途端キーンこめかみが痛み、
思い出す事をまるで妨害しようとするのだ。

「香世、大丈夫か?」

正臣は、こめかみを押さえる香世を心配する。

「少し横になった方が良いな。」
正臣は女中の1人に二組の布団を敷くように頼む。

香世が玄関を上がると、

「香世様、ご退院おめでとうございます。
本当に怪我の一報が届いた時は心臓が止まるかと思いました。」

タマキと言う女中に抱きしめられ、
たじろぎながらもここに私は居たんだと実感した。

「タマキ、香世が驚いているから。」
と正臣が静かに制してくれる。

「申し訳ございません。つい、嬉しくて。」
タマキが目頭を抑えて微笑む。

「お夕飯を準備して頂きありがとうございます。」
この家での記憶の無い香世は曖昧なお礼しか出来ないが、それでも嬉しく思う。

タマキは慣れた手付きで客間に布団を敷いてくれた。

龍一を布団にそっと下ろした正臣は、
隣の布団に香世を促す。

「大丈夫ですよ。
そこまでではありませんから。」
と、香世は遠慮するのだが、
正臣は有無を言わせず手を引いて寝かせる。

「少し横になっていろ。夕飯が出来たら呼ぶから。」
香世に対して極度の心配性になる正臣は、
香世のほんの少しの変化も見逃さない。

「頭痛がするのはどういう時だ?」
香世の額にそっと大きな手を置いて、熱が無いかを確かめる。

「何か記憶を辿ろうとする時でしょうか?」
香世は正臣の手を心地よく感じながら目を閉じる。

「では、もう何も考えるな。
何も思い出そうとしなくていい。 
香世が俺を必要としてくれるならこれからまた新たに築けばいいんだ。」

優しく髪を撫ぜ香世に言い聞かす。

「思い出したいのです。
二階堂様の事…
こんなにも良くしてくれるのに申し訳ないのです。」