数時間後、
彼女の姉が女中と共に駆けつけて来た。

俺は病室の片隅で香世達の様子を伺う。

少し幼なく見えるのは精神年齢が15歳の
香世だからだろうか。
姉と話している香世は穏やかでにこにこと笑っていた。

そうか…

三年前まで樋口家は安泰で苦労も無く
令嬢として何不自由なく暮らしていたんだ。

苦しくて辛い時期を忘れてしまった香世は、
ある意味幸せなのかもしれない。

「香世ちゃん、二階堂様の事覚えてないの?
貴方の婚約者なのよ。
いろいろ助けてもらった事も覚えてない?」
姉が香世に聞いている。

香世は首を傾げて、
「婚約したのはお姉様でしょ?
私はまだ学生だもの、結婚なんて考えてもいないわ。」

「香世ちゃん、本当に忘れてしまったのね…
二階堂様は貴方の事をずっと探してくれていたのよ。やっと出会えたのに…
なぜ香世ちゃんばかりが辛い思いをしなくてはならないの。」
姉は両手で顔を覆い泣き始める。

「香世様が目覚めてくれただけでマサは嬉しいです。きっと段々思い出しますよ。」
女中が姉を慰めている。

「ごめんなさい…。
二階堂様にも申し訳なくて…
私も思い出したいんですけど…。」
香世がこめかみを押さえながら苦しそうな顔をする。

俺はベッドに歩み寄り、

「自分の事はこの際、気にしないで頂きたい。香世殿が目覚めてくれた事だけで十分です。傷が治り早く家に帰れる事を願いましょう。」

俺自身の事は後回しにしてでも香世が元気になってくれたらそれだけでいいと思う。

俺との事はもう香世の気持ちに任せよう。
必要とされるかどうかは…俺次第だ。

「自分は一度仕事に戻りますので、
また夕方来ます。」

一礼して、この場は家族だけの方が良いだろうと病室を出る。