冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「そう。君は、掃除や片付けが好きで家事の大半は出来ると聞いた。
それに令嬢として育ったから花道や茶道の嗜みもあるし、何よりも気配りが出来て可愛くて綺麗だ。」

香世は突然褒められて戸惑ったのか、
「えっ⁉︎」
っと瞬きを繰り返す。

最後の方は半分口説き文句か?
と思うぐらいだと、思わず咳払いして目で見やり松下を咎める。

「とにかく…香世が今のままで出来る事ばかりだと言う事だ。」

「まぁ君は、俺の親友の大事なお姫様だから
無理にとは言わないが、会社の環境美化の為に週2日ほどでいいから働いてみない?」

「えっ?私、一度も働いた事が無いのですが…大丈夫なんでしょか?」

俺を見て心配そうな顔をする。

「香世が普段から家でやっている事の延長でいいんだ。もし、少しでもやってみたいと思うのなら見学しに行ってみたらいい。」
俺がそう伝えると香世はしばらく考えこみ、

「父の会社は一度見てみたいなと思っていました。あの…正臣様も一緒に行って下さいますか?」

「香世がそうして欲しいなら一緒に行こう。」

「ありがとうございます。」
ホッとした顔をした香世が、
ひとまず前向きに考えている事が伺え、
俺も安堵する。

「じゃあ、平日でも休日でも構わないから
2人で見学に来てくれ。
それにしても……
眠れる獅子が手懐けられて、まるで借りて来た猫だな。」

いらん事を言うなと、とりあえず肘でど突く。

「…どう言う、事でしょうか?」
香世は訳が分からないと言うように首を傾ける。

学生時代に俺の事を確か、
眠れる獅子と呼ぶ輩がいた……。

松下め、一言多いと心の中で悪態を吐きながら、まんざらその通りだと思う自分もいる。

香世の前では強く出れない。
側にいてくれさえすれば他には何も望まない。
彼女のしたいように生きて欲しいと願ってしまう。

「では、夕飯にするか。
書類は俺がひとまず預かっておく。」

「はい。今支度をして参ります。
少々お待ち下さいませ。」
香世は綺麗な所作でお辞儀をして、
ふわりと微笑み席を立つ。

部屋から出て行く香世を2人で見守りながら

「なぁ、正臣。俺に香世さん貰えないか?」
隣で松下が呟くから、

「お前なんかにやるか。」
と、悪態を吐く。
 
婚約してもなお彼女の意思とは裏腹に
男を虜にしてしまう。

いつだって気が気で無くハラハラさせる。