冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「正臣様、お鞄をお持ちします。」

香世は俺の心配する気持ちなんて知ってか知らずか、純真な瞳で俺に微笑む。

俺は居間に向かう松下の背中を睨みつけながらブーツを脱ぐと、

「お身足を洗いましょうか?」
と、香世はいつも通りに足を洗おうとしてくれる。

「ありがとう。」

上がり框に腰掛け、近くに置いてあるタライに足を入れしばし休息する。

「今日は暑かったですね。お疲れではありませんか?」

香世が優しい手つきで足を拭いてくれるから
今直ぐ抱きしめ触れたいと思う気持ちが湧き上がる。

そんな浅はかな気持ちを制御しながら
「大丈夫だ。今日は事務仕事ばかりをこなしていたから退屈なぐらいだった。」
と、何食わぬ顔でそう告げる。

「それは、お疲れ様です。」

「松下は…いつから来ていた?」

香世に気になっていた事をつい聞いてしまう。

「つい10分程前でしょうか。
正臣様がまだなのに家に上げるのも気が引けて…早く帰ってきて頂いて助かりました。」

俺を見上げる香世の眼差しはいつ見ても綺麗で澄んでいる。
思わず吸い込まれそうになる。

「嫌な事は無かったか?
………その、松下に何かされなかったか?」

香世は首を傾げながら、
「特に、大丈夫ですよ?
とてもお話ししやすい方で良かったです。」

「そうか………着替えに行く。」

あいつと香世が言葉を交わすのさえ、
面白く無いという感情に囚われながら、
立ち上がり、箪笥部屋にそそくさと向かう。

俺の後を香世は静々と着いてくる。