香世は正臣が運転する車の中

1人、身を固めドキドキと高鳴る胸をどうする
事も出来無いでいた。

考えて見れば、今日は朝から初めてづくしだった。

朝、嫉妬されたのも初めてだし、
抱き締められて口づけをされたのも初めてだった。

朝ご飯を食べる時も、
正臣の支度を手伝う時もずっとどうしようも無く意識してしまって、

ご飯の時は箸を落とすし、
支度の時はボタンがなかなか通せないし、
香世は散々な状態だった。

おまけに正臣はそんな香世を面白がり、
咎める事無く、優しい眼差しで見てくるから、調子が狂ってしまう。

いつものように氷点下の瞳で、
咎めてくれた方がよっぽど気持ちが冷静になれたのに…。

終始優しさ全開で、
転がる箸を拾い丁寧に拭き、
食べさせようか、とまで言ってきた。

ボタンが留まらない時なんて、
香世の手を取り一緒に留めようとして来て
逆にもっと緊張してしまった。

不慣れな自分が嫌になる。

その後、なんとか気持ちを落ち着かせ、
正臣の為、初めてのお弁当作りに精を出す。

女中の1人が朝食の後片付けをしていたから、
遠慮しながら料理をしていると、

手持ち無沙汰の正臣が来て、
香世が料理をしている所を見てみたいと
上がり框の上に腰をかけ、こちらの方を腕を組んで見守り始める。

少しでも水を使う様ならばすかさずやって来て、野菜を洗う手伝いなどをし始めるから、
慌てて止める。

「正臣様、女中に示しが付きませんから…」
香世が小声でそう伝えると、

「香世の手がせっかく治ってきたのに
今、水仕事をさせる訳にはいかない。」
と言う。