香世は本屋の息子が去って行く後ろ姿を
呆然と見送っていた。

今、正臣様は何て?
私の事を婚約者って⁉︎
その言葉を噛み締めて、やっと気持ちが動き出す。

「香世。」
呼びかけられてハッとして謝る。

「申し訳ございません。女中のような真似はするなと言われていたのに…。」
頭を深く下げて詫びる。

「別に怒ってはいない。」
正臣に手を引かれ、玄関内に戻される。

「俺を朝からハラハラさせないでくれ…。」
どう言う事だろうと香世は首を傾げる。

離してもらえない手を見つめ香世は
正臣の言葉を理解しようと考え込む。

と、突然手を引っ張られ抱き締められる。
びっくりして心臓がドクンと波打つ。

「ま、正臣様?」

「綺麗な花には虫が付きやすいから
心配で仕方がない…。」

「…大事なお花でしたか?」
香世は梅の花の事かと思いそう答える。

正臣はフッと笑い、
香世には単刀直入に言わないと通じないのだなと理解する。

「香世が大事だから…誰にも触れさせたく無い。あまり無防備でいてくれるな。」

分かったか?と言う様に腕の力を解いて香世を見下ろす。

「ご、ごめんなさい。」
香世は瞬き、反射的に謝る。

「自分が誰のものか自覚しろ。」
そう言うと、額に、頬に、唇に熱くて柔らかいものが降り注ぐ。

それが正臣の唇だと気付くまで、
香世には少しの時間が要した。

スッと離れて行ってしまう温もりに、
少しの寂しさを覚えながら、
香世は玄関にしばし佇む。