「男物の腕時計を大事に握りしめていた…。」
「あれは…母の形見です。」
母?
正臣は混乱する頭を整理しようと、
思わず抱きしめた腕を緩め香世を見下ろす。
「あの、元は祖父のものだったのですが…
母が大切にしていたので、私にとっては母の形見です。」
正臣を仰ぎ見て懸命に香世は言葉を紡ぐ。
「では、写真は…?
いつも大事そうに持ち歩いているだろう?」
写真…
「あっ、これは弟です。母の忘れ形見の大切な樋口家の長男なんです。」
香世は慌てて写真を襟元から取り出して、
正臣に見せる。
小さな男の子が家の玄関ですまして立っている写真を見せられる。
ただ…俺は勘違いをしていただけなのか?
思わず深いため息を吐く。
「あの…ごめんなさい。勘違いをさせてしまって…。」
香世はしゅんとして俯く。
「いや、俺が、香世を失うのが怖くて聞けなかったんだ。香世のせいでは無い。」
正臣は香世をそっと抱きしめる。
「俺でいいのか?
軍人なんていつ死ぬか分からぬ人間と一緒になっても幸せでは無いかもしれないぞ。」
「私は正臣様が良いのです。
ですが……父から傷者なんかに嫁の貰い手は無いと言われてましたし…
正臣様には相応しくないと、思うのですが…」
自信がなくなって声が段々小さくなってしまう。
「始めから、俺の妻になれと言っている。
香世が傷者なら俺なんて数え切れないほど傷だらけだ。
それに、三年前から探していたのは俺も同じだ。」
えっ⁉︎っと香世は正臣を見上げる。
「やっと見つけ出したと思ったら、
花街なんかに連れて行かれると聞いて、
どんだけ俺がハラハラしたか…。
もう、離してやれない。覚悟しろ。」
腕の中でこくんと頷く香世が愛しい。



