冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「行ってくる。」

いつものように正臣が頭を下げてくるから
そっと軍帽を頭に被せる。

「行ってらっしゃいませ。
お帰りをお待ちしております。」
香世は笑顔で送り出す。

頭をポンポンと撫ぜて正臣は車に乗り込み
行ってしまう。

香世は思う。
今日こそは、この気持ちを伝えたい。
そうしなければ何も始まらないと言う事だけは分かっている。


正臣は車に乗り込みため息を吐く。

「朝からため息ですか?
今日で終了ですから頑張って下さいよ。」
前田が気休めを言う。

「お前の方はどうなんだ?
松下との引き継ぎは順調なのか?」
連日の香世との馴れ合いにいささか面白くない正臣は、不貞腐れたように前田に問う。

「大丈夫です。
抜かりなく事は進んでますから。
来週水曜辺りボスはお時間どうですか?
香世ちゃんのお父上と一席設けたいと思いますが。」

いつから馴れ馴れしく呼ぶようになったんだと、悪態を吐くのをグッと堪えて睨み気味に
正臣は前田を見据える。

「分かった…空けておく。」

「香世ちゃんも実家が恋しくなっている時期です。どこかで一度実家に帰してあげても良いんじゃないでしょうか?」

前田が痛い所を突いてくる。

「香世が帰りたければ自由に帰っても良いと伝えてある。」

「香世ちゃんはきっとそうは思って無いと思いますよ。外にあまり出てはいけないと逆に思っているように見えますが。
俺が言うのも何ですが…

ボスはもっと心を開いて香世ちゃんと話をするべきです。
貴方が無駄話をする人では無い事は重々知ってはいますが、大事な人にはもっと心を開くべきです。」

普段からズバズバ言ってくる前田だが、
私情に入ってくるのは珍しい。

「香世が…何か言っていたか?」

「香世ちゃんは何も言いませんが…
ボスの事をいろいろ聞いてきます。
どんな食べ物が好きなのか、
甘党なのか辛党なのか、暑がりなのか寒がりなのか…。
本当、本人に聞けば良い事まで俺に聞いてくるんです。
話しかけ辛い空気を出してるんじゃ無いですか?」

自分としては、香世には出来るだけ素で接しているつもりだったのだが…

腕時計の件から近付き過ぎないように
一線を引いてしまっているのは歪めない。

「別に…そんなつもりはない。」
はぁーとため息を吐き窓の外を見る。

昨夜も遅くなり、そっと家に入った正臣は、
居間で香世が写真をそっと見つめていたのを垣間見た。

声をかけるとサッと襟元に閉まってしまったが…
想い人の写真なのかと、胸が苦しくなった。

いい加減手放さなくてはならないのだろうな……。