目の前にいるのは、ファーストキスを奪った男。

 かつてはプレイボーイで女子をたぶらかしていた男。

 ……なはずなのに。

「それじゃあ……一つだけ、条件を設けさせて。」

「うん、分かった。どんな条件?」

「……私のことが好きなら、一か月で私を落としてみて。」

 できなければすぐにやめる。

 そう言って、乾の返答を待つ。

 少しだけ考えた乾は、やがて了承したように覚悟を感じさせる顔へと変えた。

「有栖沢さんを好きにさせればいいんだよね。そんな条件で良いなら、飲み込むよ。元からそのつもりだったし。」

 真剣な表情で言った乾は、本気で私を見据えていて。

「……じゃあ今から、俺と有栖沢さんは“仮”恋人って事で。よろしくね、杏。」

「なっ……呼び捨てっ……!?」

「ダメだった? 嫌ならしないけど。」

「……別に、勝手に呼べば。だけど、私は今まで通りの呼び方で呼ぶから。」

「りょーかい。」

 軽率に呼び捨てにしたこいつは、やはり信用できない。

 睨むように乾を見据えるも、全く効いていないみたいでふっと意地悪そうに笑っていた。

 ……そんな関係が始まってしまった、四月下旬の事。

 【FIN】