〇(前話に引き続き)学校、二人きりの多目的室
聖(半ば賭けのような質問だった。俺に少しでも気があるならと……。少しの望みをかけて質問した)
その結果は――
聖「慧の……どこが好きなの?」
星奈「え、け、慧の?」
聖「もっと言えば……慧と俺と天野星。この中で誰が一番に好き?」
星奈「私は――」
聖(ゴクッ)
聖の喉仏が上下する。無意識のうちに拳もギュッと握り締められていて、聖の全身から「緊張」の二文字が溢れていた。
そんな中、星奈の出した答えは――
星奈「私は皆が好きだよ?」
聖「……は?」
聖の珍しく気の抜けた顔に、星奈は思わず笑ってしまう。
星奈「なんか聖くん、すごい顔になってるよ?」
聖「俺はもともとこういう顔……じゃなくて。え、なに?皆?」
聖(まさかの博愛主義ってこと……?)
まったく理解できない星奈の発言。聖は「掘り下げてもいい?」と頭を抱える。
聖「慧の事は好き?」
星奈「う、うん……」
聖「俺の事は?」
星奈「好きだよ」
聖「天野星は?」
星奈「だ、大好きです……っ」
聖「……」
聖(星奈のいう”好き”って、何だろう……)
この中の「好き」に恋愛対象としての「好き」があるのかと、聖は悩む。
聖「一つ一つの好きを言ってもらってもいい?」
星奈「は、発表ですか……!?」
聖(こっちは尋問してる気分だけどね……)
お互いドギマギしながら、少し気まずい雰囲気の中――星奈が口を開いた。
星奈「慧はサッカーをしている時に”カッコいいな”って思って、そこから目で追うようになったの」
聖(つまり恋心……)
星奈「伊利屋くんは、昨日……ふわっと笑ったでしょ?あの笑顔や雰囲気が好きなの。親しみやすいっていうか」
聖(つまり友達……)
星奈「天野星さんは推しです!」
聖(つまり崇拝……そうか)
聖、ハッとした表情。顔に影が落ちる。
聖(つまり星奈の好きな相手は、慧)
自分に対して、星奈は全く恋心を抱いていない事を知り、落ち込む聖。何も知らない星奈が「大丈夫?」と心配して顔を覗き込む。
聖(さっきあれだけキスしたのに……。ライバルである慧よりも先に星奈とキスしたのに……全く勝った気がしない)
試合に勝って勝負に負けたような。そんな複雑な心境に、聖はイライラ。
星奈は「調子が悪いの?」と、自分が原因である事に全く気付かないまま、聖の大きな背中をさする。聖、さらにイライラ、顔に落ちる影が暗くなる。
星奈「保健室行こう?ね?お仕事で疲れてるんだよ」
聖(仕事よりも、今が一番に疲れてるよ……)
聖は自分を触る星奈の手を掴む。グイッと自分に引き寄せる。
星奈「わ!聖くん?」
聖「星奈はさ、」
星奈「うん?」
真剣な聖の顔に、思わず生唾を呑み込む星奈。聖が何を言うのか、真剣に耳を傾ける。キラキラしたかわいい星奈の眼差しに、聖は「グッ」と、自制を働かせる。
聖「もうこういうボディタッチしちゃダメ」
星奈「え」
聖「あとキスも。もう俺に流されるの禁止!」
星奈「え、私は流されて、」
聖「思いっきり流されてるから!」
聖が怒っている事を察した星奈。聖が退出するためドアに近づいても、その気迫にあてられ、星奈は一歩も動けない。
ガラッ
聖が廊下に出る直前に、星奈を向く。
今まで怒っていた顔とは一変。今度は切なく悲しそうな顔で、ぽそりと呟く。
聖「俺の事を好きじゃないなら、もうキスしないでね」
星奈「!」
気まずそうな顔をした星奈を見て、聖は眉を下げて笑う。
聖「流されちゃダメだよ。分かった?星奈」
星奈「……ごめん」
聖「ううん、その場の雰囲気を作るのは俺の職業病みたいなもんだから。いくら流されたとはいえ、それは俺の俳優としての実力だから、星奈は悪くないよ。でも、気を付けてね。星奈は流されただけとはいえ、本気になる奴もいるから」
星奈「本気になる人……?」
聖「うん」
聖(君の目の前にいる奴が、そうなんだよ。星奈)
笑って誤魔化した聖を見て、眉を下げながら首を傾げる星奈。そんな星奈の頭を、聖はポンと優しく撫でる。
聖「じゃあ俺はこれから仕事に行くから。学校は早退するね」
星奈「わ、わかった。頑張ってね……」
聖「うん」
パタン
一人教室に残された星奈。しばらく呆然としていたけど、胸のあたりがモヤモヤしている事に気が付く。
星奈「お昼ごはん、食べ過ぎたかな……」
「はぁ」と短くため息を着く。星奈の頭の中には、さっきの聖の悲しそうな顔が浮かぶ。
星奈(キスに流されたのは、確かに私が悪い。いくら聖くんが場の空気を作るのがうまいとはいえ、流されるべきじゃなかったんだ。私には好きな人がいるのに……はしたない。自分が恥ずかしい)
両手で顔を覆う。そして「あ~……」と、低く掠れた声を出す。
星奈「情けない……ごめんね、聖くん」
星奈(私を叱るという悪役になってまで、私のふがいなさを教えてくれた。なんていい人なんだろう……)
すると、その時。
閉じたはずの扉がもう一度開き、行ったはずの聖が顔を出す。
聖「……」
星奈「……」
扉付近に座った星奈と、それを見下ろす聖。二人は少しの間、無言で見つめ合う。
星奈「……えと?」
聖「……」
星奈「こ、こんにちは」
聖「こんにちは」
まさか戻ってくるとは思わなかった星奈。聖を見て、疑問符が浮かびまくる。
星奈(わ、忘れ物かな……?)
星奈がそう推測する傍ら……聖は口元に手をやって、何やら考えていた。
聖「……」
星奈「えと、やっぱり調子が悪い……とか?」
聖「……」
星奈「保健室、行こう?時間ギリギリまで寝てれば少しは、」
全てを言い終わらない内に、星奈は聖により顔を上に向かされる。
そして――
聖「今日でキスが出来なくなると思ったら……名残惜しいから。最後のキスをしに戻って来た」
星奈「最後の、キス……?」
星奈が目をパチクリさせて驚く。その顔が可愛くて、聖の顔がほんのり赤くなる。
「どうせ未練がましいよ」と星奈に聞こえないように呟く。
聖「ごめん聖奈。もう一度、俺とキスして」
星奈「っ!」
聖を見たまま、思わず赤くなる星奈。聖の顔が、冴えない伊利屋バージョンなのに、なぜかキラキラと輝いて見える。あの天野星と同じくらいの輝きを放っていて、星奈は思わず混乱する。
星奈(目の前にいるのは……誰?)
だけど、その時。
あまりに急な角度だったのか、星奈の態勢がグラリと傾く。
星奈「わ!」
聖「星奈!」
ドサッ
床にぶつかると思いきや、星奈は聖に守られて無事だった。床に倒れてはいるものの、聖の腕が星奈の後頭部に添えられていて、星奈には怪我一つない。
星奈「あ、ありがとう」
聖「守れて良かった」
星奈「!」
聖(この状況って……)
図らずも星奈を押し倒している状況に、聖は嬉しくなる。
一方、この状況が「そういう雰囲気にもっていける」シチュエーションだと気づいていない星奈は「重かったでしょ、ごめんね」と申し訳なさそうに笑うだけ。
聖(また簡単に流される)
聖、プツンとなにかが切れる。
星奈「もう大丈夫だから起きよ?聖くんに、床のゴミがついちゃうよ」
聖「いっそ星奈を汚したいな」
星奈「何か言った?」
聖は、押し倒した星奈を熱っぽい瞳で見る。
聖「さっき、流されないでと言った」
星奈「え……あ!」
やっぱり分かっていなかった、と聖はムッとする。「もういいよ」と、眉間にシワを寄せる。星奈は「ごめんね」と謝り、言いにくそうに呟く。
星奈「恋愛経験が少なくて、イマイチ“そういう状況”が分からなくて……」
顔を赤くして、それ以上は何も言えないままでいる星奈。「恋愛経験が少ない」という言葉に、聖は目に見えて嬉しがる。星奈のおでこにキスを落とし「じゃあさ」と、ある事を提案する。
聖「黙って俺に流されて」
星奈「え……」
聖「もう一回だけ、俺に身を任せてほしい」
星奈「っ!」
「うん」とも「ダメ」とも。星奈は何も言わないまま……言えないまま、聖が近づいてくるのを黙って受け止めた。
ちゅっ
聖「これが最後だから」
星奈「ん、」
聖「もうしないから、今だけ――」
聖は熱いキスをするかたわら、頭の中では冷静に考える。
聖(俺への気持ちがないキスなんて、しても虚しくなるだけだから。俺の事を好きになるまでは、本当に、もう星奈とキスしない)
「今度こそ」と、聖は心の中で誓いをたてる。
そして「最後」と言って長引いたキスは、マネージャーからの「遅い!」という電話にて、惜しまれながら終わりを告げ?。
聖「本当にもう行かなきゃ。今日は帰るの遅いからね」
星奈「あ、うん……えと、気を付けてね」
聖「ありがとう、いってきます」
星奈「い、いってらっしゃい」
まるで夫婦のようなやり取りとりだと、星奈は気づく。そして少し頬を赤らめた星奈を見て、聖はまた離れがたくなった。
だけど……
聖「もう、ここにはしないから」
そう言って、星奈の唇を指で押す。
聖「星奈が自分から”キスをして”って言うまで、俺はずっと我慢するからね」
星奈「え、あの、」
聖「じゃあね」
座っている星奈を立たせた後、聖は今度こそ学校を後にする。残された星奈は、聖の言葉を反復する。
星奈「”俺はずっと我慢するから”って……”我慢”なの?」
星奈(キスをしたいけど、しないって事?)
星奈「聖くんは私とキスをしたいの……?」
星奈(な、なんでだろう……?)
思わぬ熱が冷めやらぬ中、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。星奈は顔を手で仰ぎながら、教室に戻った。
〇同日、学校終わり、聖のマンション
学校が終わりマンションに帰って来た星奈。聖は今だ仕事で帰っておらず、家に星奈一人きり。
星奈は何をするでもなく、ただテレビを眺めていた。
星奈「なんか色々あって、まだ心臓が落ち着かない……」
星奈(お風呂も入ってご飯も食べて、食後のお菓子も食べたのに……落ち着かない。今日一日、色んな事があったからかな?)
星奈「聖くんの色んな表情も見ちゃったし、色んな感情も知っちゃった……。でも、」
星奈(結局聖くんは、私の事をどう思ってるんだろう)
自分が聖の事をどう思っているかよりも、聖が自分の事をどう思っているかの方が、気になり始めた星奈。
頭の中で、聖のあれこれを思い出す。
星奈「聖くんは、いつも私を助けてくれるよね。キスしたいのに我慢するって言ってくれたし……」
星奈(まさかとは思うけど、聖くんって私の事……)
そこまで言った時、星奈は近くにあったクッションを、力の限り握る。
星奈「ないないないない!!だって、聖くん=天野星だよ!?聖くんが私の事を好きだったら、天野星が私の事を好きって事じゃん!
ないから!
推しは推しであって、決して手の届かない所にあるから拝めるわけで(持論)。もしも付き合うなんて事になったら、推しとの距離がバグって、ずっと意味不明な事を喋っちゃうに決まってるよ!」
星奈(しかも私が好きなのは慧だし!サッカー上手な慧!)
だけど、ここでふと気づく。
星奈「私、慧のどこが好きなんだろう。その“好き”は、聖くんよりも大きいのかな。ん?どうして聖くんとくらべちゃうんだろう?」
気を取り直して「慧と言えば……」と頭の中で、好きな人の特徴を思い浮かべる星奈。
星奈「勉強は出来なくてサッカー命。あとは、鈍感っぽいよね。しかも、かなりの」
そこまで考えて、後は頭の中が真っ白になる星奈。「う~ん?」と考えてみたけど、やっぱり慧の特徴は出てこない。
星奈(あれ?全然浮かんでこないぞ。好きな人の事なのに、こんなに特徴が浮かばないもの?)
星奈はリモコンでチャンネルを変えながら「おかしいなぁ」と呟く。
星奈「聖くんの特徴を挙げろって言われたら、たくさん言えるんだけどな」
一緒に住んでるからかな?と何気なしに思った、その時。テレビの中から、聞き知った声が聞こえた。
星奈「ハッ!この声は…!!天野星さん!!」
テレビでは天野星主演の人気ドラマ”聖なる夜の秘密の賭け事”が放送されていた。また再放送だった。再放送の頻度の多さから、このドラマがいかに人気か知り、星奈は目を潤ませて拝むポーズをとる。
星奈「さすが天野星主演……!全人類が見るべきドラマ。再放送も一度だけでは需要が足りず、二回三回と供給を増やしてくれたんだね……!テレビ局、神!」
星奈(この前も再放送してたのに、聖くんが見せてくれなかったから……今日は仕事でいなくて良かった!ドラマが見られるぞー!)
テレビの前に張り付いてみる星奈。だけど、ドラマの内容が進むにつれ、聖がなぜ自分にこのドラマを見せたくなかったのかが、分かった気がした。
天野星「好きだ、君が大好き。心から愛してる」
相手役「私も……ねぇ、キスして?」
天野星「もちろんだよ――」
星奈(ん?)
そして二人はぶっちゅうーとキスをした。カメラが寄って寄って、まさかのドアップ撮影。そのため、ウソのキスか本当のキスかの判断が容易につく。
星奈「これは……真!!」
星奈は確信した。
星奈(思いっきりチューしてるじゃん!っていうか、し、舌いれてる!大人っぽい方のキスじゃん!!)
星奈「こ、これはネットが荒れに荒れるんじゃ……」
すぐにスマホで確認すると、予想は的中し、ドラマの感想は大炎上していた。
『相手役の女性から仕掛けて来た!』
『天野星はビックリした顔してた!』
『あの女優は絶対に許さない!!』
見るも絶えない罵詈雑言が並んでいて、星奈は思わずスマホを見るのをやめた。
星奈「世の中って怖い……。私も天野星さんは好きだけど、誰かを叩くのは違うっていうか……うーん、難しいよね。皆、自分の推しが大好きって事には変わらないし……」
真剣に考えていると、いつの間にかドラマは終わり、エンディングが流れ始める。その際、ハイライトでキスシーンが再び画面に映し出された。
星奈(うん、見事な濃厚キス……)
その時、星奈の胸がチクンと音を立てて揺れる。
星奈「ん?なんか胸が痛い気が……」
テレビの中の聖を見ると、チクンチクンと、更に痛む胸。理由が分からない痛みに、星奈は首を傾げる。
星奈「今日は早く寝ようかな……」
大好きなドラマを見たはずなのに、なぜこんなにテンション下がっているのか。そして、謎の胸の痛みは何なのか。推しが出演する素晴らしいドラマを見たというのに――
星奈は不完全燃焼な思いを抱いたまま、ベッドの中に潜る。
星奈(推しが頑張っていることを応援出来ないなんて、私、ファン失格だな)
だけど目を瞑る瞬間、
――聖「これが、最後だから」
――聖「もうしないから、今だけ」
聖が「もうキスをしない」と宣言した言葉を思い出す。
チクン
星奈(まただ……)
謎の胸の痛みに、星奈の悩みは深まる。
星奈(なんかモヤモヤして寝られない……)
星奈は早く寝られるよう念を込めて、ギュッと固くかたく、目を瞑った。
(第五話 完)



