〇次の日、学校、教室
(※慧視点)
教室の中で、聖と星奈の目が合った。星奈が顔を赤くして、不自然に聖から視線を逸らす。そんな星奈を見た聖は、いつも一緒にいる慧にしか分からない笑みが浮かんでいた。
慧(最近の……というか昨日から、聖と星奈の仲が良い。昨日のアレが原因なのか?)
(回想)
クラスメイト「いくら冴えない男子って言っても、あんな事されちゃ女子はときめいちゃうよねぇ」
慧「……あのさ、さっき何があったか聞いていいか?」
クラスメイト「伊利屋くんが体を張って奥外さんを庇ったんだよ~」
クラスメイト「そうそう。ロッカーに激突しそうになった奥外さんをね」
慧「ロッカーに激突って……」
慧(一体、何がどうなったら、そういう状況になるんだか……)
慧は不思議に思いながらも、女子達が頬を染めているのに気づく。
慧「顔赤いぞ?お前らも保健室に行った方が、」
クラスメイト「やだ、何言ってんの俵本~。私たちは今ときめいてんの!」
慧「ときめく?」
クラスメイト「だって体を張って自分を守ってくれたんだよ?女子はか弱い生き物なの。守ってくれるだけでときめくんだよ」
クラスメイト「そのうえ”身を挺して”なんて、キュンよねぇ」
クラスメイト「ねぇ~」
慧(さっぱり分からん……)
慧が話についてこれないと悟ったのか、クラスメイトは「これだから俵本は」と鼻で笑う。
クラスメイト「そろそろ恋の”こ”の字でも辞書で引いたらー?いつまで小学生でいんのよ」
慧「大きなお世話だっての」
クラスメイト「違う違う、まず辞書がないんだって。俵本が勉強するわけないじゃん」
慧「だから大きなお世話だっての!」
そこから聖と星奈の話ではなく、話題が慧イジりに移る。居心地が悪くなった慧は、挨拶もそこそこにその場を後にした。
(回想終了)
慧(女子の言う事って、なんでいつも意味不明なんだ?)
昔から「恋」とは無縁の生活を送って来た慧。愛する物はスポーツで、物心ついた時からサッカーしかしてこなかった。
慧(恋とか愛とかくだらねー。俺はサッカーで手いっぱいなんだっての)
ふん、と怒った顔の慧に、星奈が近づく。そして「さっき風の噂で聞いたんだけど」と慧の顔を覗きこんだ。
星奈「サッカー部そろそろ試合なんだってね。頑張ってね、慧」
慧「おー。ありがとう」
星奈「応援してるからね!」
慧「……」
ニコッと笑った星奈を、じっと見る慧。星奈は驚いたように目をパチクリさせて「どうしたの?」と、コテンと頭を倒した。
星奈「何か悩みでもある?私で良ければ聞くよ?」
慧「悩み……」
――クラスメイト「そろそろ恋の”こ”の字でも辞書で引いたらー?いつまで小学生でいんのよ」
クラスメイトの言葉を思い出し、慧は顔を歪める。
星奈が心配そうに見つめる中、やっとの事で「恋ってさ」と口にすることが出来た。
慧「恋ってさ……キュンなわけ?」
星奈「恋?キュン……?」
慧(は!何を言ってんだ、俺は!)
慌てて我に返った慧。「何でもない!」と言おうとした。だけど……顔を真っ赤にした星奈を真正面から見てしまう。
慧「せ、星奈……?」
星奈「え、あ、な……何?」
慧「顔が赤いぞ?見せて見ろ」
星奈「え!」
グイッと星奈の両頬を持って、引き寄せる慧。いきなりの事で星奈はビックリするも、好きな人である慧の顔が今までにないくらい近くなり、更に顔が赤くなる。
星奈「ちょ、も、あの、やめ……!」
慧「デコかして、熱測る」
星奈「なんでおデコで測るの!手を使って……!」
慧「俺は昔からデコ派なんだよ」
そうして、コツンとおでことおでこをくっつける慧。星奈の顔は赤いものの、そこまで熱は高くないと分かり、安心する。
慧「よし、大丈夫そう……だ、な……」
星奈「お、終わった……?」
慧(ドキッ)
その時、目を潤ませて、顔を赤くして……今にも泣きそうな星奈の顔が、目の前にあることに気づく。いつもと違う星奈の色っぽい表情に、慧はドキンと胸が高鳴る。
慧「せ、星奈……っ」
星奈「な、に?」
慧「いや、だって、その顔……」
星奈「え、顔?」
慧が星奈の顔に再び触れようとした、その時だった。
二人の視界の間に、聖が割り込む。背中で星奈を庇うようにして、慧と向き合った。
慧「ひ、聖……ビビった。急に出てくんなよ」
聖「悪い、何か困ってるのかと思って」
慧「いや、俺は……」
聖「ん?」
慧「な、何でもない」
そう言いながら、慧は顔を赤くして、聖から目をそらす。
聖「!」
慧の今まで見たことない反応に、聖は「もしかして」と、ある疑問を抱く。
すると男二人が話している間に、星奈が「ちょっとお手洗いに行ってくる!」と教室を出て行く。星奈の真っ赤な顔が気になったため、聖が後を追いかけようとした。
だけど……
慧「なぁ聖。教えてほしいんだけど」
聖「……なんだ」
ドクン――と嫌な音が、聖の心臓から鳴った。そんな事を知らない慧は、構わず話を続ける。
慧「なんか気になるって……どういう意味だと思う?」
聖「”なんか”とは?」
慧「最近、お前と星奈が仲いいのは嬉しいんだけど……。それが”何か”引っかかるというか。さっきの星奈といい、なんか気になるんだよな」
聖「……」
聖(その「何か」の正体は、きっと――)
だけど敵に塩を送る義理はない、と、聖は「知らない」と言って星奈の後を追いかける。
慧「おい、待てよ!お前テストで一位だろ!知らない事なんてないだろ!?」
聖「辞書でも引いて考えろ」
慧「お前まで辞書とか言うなー!」
聖はさっさと行ってしまい、慧は一人取り残される。
慧「聖はきっと、星奈を追いかけたんだよな……?」
的中する予想をたて、壁に背中を預けて、慧はズルズルとしゃがみ込む。
慧「あ~……」
その姿を見ていたクラスメイトが「俵本、調子悪いの?」と声を掛けた。
慧「俺は何かを患ってるかもしれない……モヤモヤすんだよ。こういう場合、病院は何科に行けばいいんだ?」
大真面目に言う慧に、クラスメイトが大笑いする。「これだから俵本は!」と、クラスメイトが笑いながら慧に渡したのは――電子辞書。
クラスメイト「病気は病気でも、俵本が患ってんのはコレ」
慧が辞書を見る。すると辞書には「恋煩い」と表示されていた。
慧「”恋煩い”?」
クラスメイト「モヤモヤするなんて、恋しかないから」
クラスメイト「いや食べ過ぎでもなるよ」
慧「俺はなった事ねぇけど?」
クラスメイト「野蛮人」
クラスメイト「野生人」
慧「おい俺に謝れ」
慧がまだまだ恋愛初心者だと察したクラスメイト達は、慧の肩をポンと叩く。
クラスメイト「健闘(けんとう)を祈る。慧(けい)だけに」
慧「何もかかってねーのが更に腹立つんだけど」
その後チャイムが鳴り、聖と星奈が二人揃って戻ってこない事に気づく慧。すると、また胸のあたりがモヤモヤし始める。
慧(本当、なんだこれ)
胸のあたりを抑えながらも、慧は空席になっている二人の机を見る。案の定、しばらくもしないうちに胸がもやもや、ざわざわして、さっきよりも騒がしくなった。
慧「はぁ」
慧は大きなため息をつく。
慧(”なんか”……気になるんだよなぁ)
慧がその答えを見つけるのは、もう少し先の話。
(※慧視点、終わり)
(※聖視点 開始)
聖(星奈が慧のことを好きなんて一目瞭然だった。だけど俺は、星奈と慧が出会う前から、星奈のことが好きだったんだ)
星奈を追いかけながら、聖は昔のことを思う。
〇聖の回想
聖(受験日に星奈を拾った聖は、当時、俳優を辞めたいと思っていた。求められているのは天野星で、本当の俺ってなんだろうと悩んでいたんだ。だけど仕事はどんどん来て、天野星の存在感は増していく)
スタッフや社長、取引先から「これからもよろしく頼むよ、天野くん!」と期待をこめた握手を求められるシーン
聖(正直、もう辞めたいと思っていた。だから高校を受験したんだ。一般人に戻っても、普通の暮らしが出来るように。生きていけるように。
でも、そんな時に君と出会った)
顔を真っ赤にさせて「ファンです!」という星奈を思い出す。
回想の星奈「天野星さんがいてくれたから今まで受験を頑張れました!あなたがいてくれて、本当によかった。私は、幸せ者です」
聖(あんな風に言ってくれる人がいるなら、もう少し天野星を続けてみようと思ったんだ。あの子が笑顔になれるなら嬉しいなって思って)
聖「まさか同じ高校で、しかも2人とも受かって同クラになるとは思わなくて驚いたけど」
聖(でも運命だと思った。あの子が天野星の話をしてくれる度に、俺は俳優に誇りを持てる。天野星を続けたいと思える。天野を演じる自分を好きになれるんだ。
ファンとして大切にしていた気持ち。だけどいつの間にか、大切に重ねた愛が重くなりすぎて恋に変わったんだ)
聖「だから例え友達だとしても慧には譲らない。星奈は、俺の大切な人だから」
(※聖視点、終わり)
〇授業開始後、出席せずに多目的室で二人きりになる聖と星奈
聖と慧の前から逃走した星奈を追いかけた聖。顔を真っ赤にしている星奈と多目的室に入り、星奈が落ち着くのを待っていた。
聖が星奈の腕を掴んでいるものの、星奈は顔を見られたくないのか、絶対に聖に顔を向けない。
聖「なんで顔を隠すの?」
星奈「み、見られたくないから……っ」
聖「なんで見られたくないの?」
星奈「なんでって……っ」
星奈(慧ともう少しでキスするみたいな、そんな近さになって……。恥ずかさで、きっと変な顔になってる。だから見られたくない!)
慧といきなり密着した事に、言葉にならない照れを覚えた星奈。その事を何となく察した聖が、星奈の両頬を捉えて、半ば無理やり自分の方へ向ける。
ぐきっ
星奈「い、いたたた!く、首が、首が!」
だけど聖はやめなかった。手を離さずに、星奈の方へだんだん顔を近づける。そして、自分のおでこを星奈の肩に置いた。
星奈「ひ、聖くん……?」
聖「……」
頬に聖の髪の毛が当たってくすぐったい。星奈は「ふひひ」と思わず笑みが零れるも、聖は無言のままだった。
星奈「聖くん?どうしたの……?」
聖「……うん」
聖は、さっきの事を思い出していた。
――慧「最近、お前と星奈が仲いいのは嬉しいんだけど……。それが何か引っかかるというか……さっきの星奈といい、なんか気になるんだよな」
聖(慧がその”何か”に気づいた時……俺はどうしたらいいかな)
「はぁ」と聖がため息をついたのを聞き、星奈は心配になる。「どこか悪いの?」と星奈が聞くと、聖は服の上から星奈の手を自身の心臓へ押し当てた。
星奈「え、聖くん?」
聖「聞いて。俺の心臓の音」
星奈「すごく早い……」
聖「うん、早いよね」
聖(この心臓の速さは、星奈と一緒にいるドキドキ。そして、焦り。星奈と慧が両想いになる事への焦りだ……)
聖「はぁ……」
星奈「ひ、聖くん?」
「まさか熱があるの?」と手をオデコに近づける星奈に、聖は苦笑を浮かべる。
聖(今はまだ、星奈は誰の物でもないよね?)
聖「星奈、こっち見て」
星奈「ひゃう……!」
心臓に充てていた星奈の手を、聖はペロリと舐める。星奈が一気に赤面したのを見て、聖は星奈の手にキスを落としていく。
ちゅ、ちゅっ
星奈「や、あの……聖、くん、」
聖「んー?」
星奈「……ぁっ」
いつの間にか、口のすぐ近くにキスをされ、驚いた星奈。思ったよりも色っぽい声が出てしまい、思わず口を塞ぐ。だけど、聖はそれを許さなかった。
聖「声、聞かせて」
星奈「ヤ、ヤダよ」
聖「聞きたいんだ」
聖は星奈の手をどかし、そして……唇が触れ合うか合わないか、ぎりぎりの場所でピタリと止まった。そしてその至近距離を保ったまま、再び話し始める。
聖「いいよ、聞かせて。星奈の声」
星奈「や、唇!あ、あたって、」
聖「うん。話すと唇が当たるね。恥ずかしい?」
星奈(恥ずかしい……けど、じれったい……っ)
さっきまで慧の事で頭がいっぱいだった星奈の目の前には、聖。そして心の中も、いつの間にか聖だけになっていた。
星奈「ず、ずる、い……ぁ、」
聖「うん。俺はズルいかもね」
星奈「ひゃ、また唇があたって、」
聖「……」
聖(唇が当たってるだけ。これはキスじゃない――って自分にそう言い聞かせてるんだから。本当に俺はズルいよな。まるで慧への免罪符みたいで……。こんなに卑怯な自分が情けないよ)
悲しそうな顔をする聖。だけど、星奈はそんな聖に気づく余裕はない。
焦らし続けられ、星奈はとうとう我慢できなくなる。
星奈「あの、私、」
聖(キスして、って。言って星奈)
星奈「私……っ、」
聖(早く言って)
聖が見つめる先に、星奈の煽情的な顔。なかなか答えを出さない星奈に痺れを切らし我慢ができなくなったのは、聖の方だった。
聖「ダメ、時間切れ」
星奈「んぅ……っ!」
お互いがお互いを貪るような、そんな激しいキスの応酬。食べて、食べられて。摘まんで。摘まみ返して。
星奈「ひ、じり、くん……っ」
聖(あぁ、もう。我慢しようと思ったのに)
星奈「聖くん、もう……、」
ろくに息づぎも出来なくてグッタリした星奈。だけど聖は「まだだよ」と更にキスを重ねた。
星奈「まだって、一体、いつまで……っ」
聖「星奈の心が俺に向くまで、かな」
星奈「もう、向いて、るっ……んっ」
目を瞑って、肩で息をしながら話す星奈。
「気持ちは聖に向いている」――その言葉は嬉しいはずなのに、聖は納得いかず、浮かない顔をした。
聖「星奈の好き、は俺を”推しとして”でしょ」
星奈「え……」
聖「それじゃダメ」
星奈「ぁぅ、っん!?」
聖は、昨日は我慢した舌を……ついに星奈の口の中へ入れる。星奈の唇を割って入り、そして中をむちゃくちゃにかき乱した。
星奈「ぁ、ん……っ!」
聖「口、もっと開けて」
星奈「や……、もぅ、」
そして、やっと満足したのか――聖は「はっ」と息を吐きながら、唇を離す。
星奈「はぁ、はぁ……っ」
聖(しまった、やりすぎた)
慧への免罪符とか言いながら……がっつりキスをし、舌まで入れてしまった聖。こんな大事な時に理性が効かなかったと、聖は自分に失望した。
聖(男子中学生じゃあるまいし……何やってんの俺)
大事にしようと思えば思う程、愛しくなっていく。まるで砂時計の砂が、どんどん上に積み重なっていくように。聖の星奈への想いは、少しずつ重みを増していた。
聖(だから今、聞いておきたい)
聖「ねぇ、星奈。聞いても良い?」
星奈「な、んですか……っ?」
聖(これから星奈に聞くことは、星奈にとって困る質問かな。それとも簡単な質問かな)
一か八かの賭けのような。そんな緊張した面持ちで、聖は意を決して口を開く。
聖「慧の……どこが好きなの?」
星奈「え、け、慧の?」
星奈(なんで好きってバレてるの!?)
聖(”なんで好きってバレてるの?”って思ってるだろうなぁ)
思った通りの反応をする星奈に、聖はまるで意地悪をするように――更に質問を重ねる。
聖「もっと言えば……慧と俺と天野星。この中で誰が一番に好き?」
星奈「……っ」
だけどそれは、今の聖にとって、どうしても聞いておきたい質問。砂時計がひっくり返されるかどうか、見極める質問だった。
聖(今の星奈の気持ちが知りたい)
真剣な聖。
そんな聖を見る星奈も、真剣そのものだった。
星奈「私は、」
そして、ついに。
星奈が口を開く――
(第四話 完)



