〇同日、聖マンション
保健室で寝てしまった星奈は、聖に抱きかかえられて聖のアパートに帰っていた。そして聖のベッドで横になって数時間後。正午に目を覚ます。
星奈「……んぅ?」
聖「あ、起きた?」
星奈「今……何時間目ですか?」
聖「今はお昼。授業の事は気にしないで。もう家だし」
星奈「え、」
星奈(い、家!?)
星奈が見渡すと、確かに学校ではない。だけど、自分の家でもない。なんだか見覚えがある。そう、ここは聖のマンションだった。
聖「星奈の調子が悪そうだったから、早退にしたよ。勝手にごめんね」
星奈「それはいいんですが……何で天野星さんの家に?」
聖「あぁ、その事なんだけど」
聖は申し訳なさそうな顔をして、事情を話す。
聖「星奈には今日からここに、一緒に住んでもらう事にしたんだ」
星奈「……へ?」
聖「もちろんご両親に許可はとってある。だからほら、星奈の荷物もここに」
星奈(本当に一式揃ってる!)
星奈が驚いていると、聖が更に眉を下げて謝罪をする。
聖「いきなりで混乱するよね、ごめんね。俺も止めたんだけど……。”スマホがないと苦労するから星奈にはスマホが直る間ずっと傍にいて貰え”ってマネージャーが」
星奈「ま、マネージャーさん……」
聖「怖いんだよ。逆らえなくってね」
星奈(こんなに売れっ子俳優でも怖い物があるんだ)
想像すると面白くなった星奈。「ふふ」と笑って、目を細める。
星奈「両親に許可を取って頂いたんですよね?なら、私は大丈夫です」
聖「星奈……」
星奈「むしろ、これから御厄介になります。よろしくお願いします」
聖「!こちらこそ、よろしくね!」
ニコリと笑う聖に、星奈もニコリと笑い返す。
だけど、余裕ぶっている星奈の内心は……口から心臓が出る程バクバク揺れていた。
星奈(推しと同居⁉無理無理無理!なんでそうなってんの!なんでウチの親も許可してんの!
あ、そうか!)
星奈の母も、星奈と同じく「天野星」の大ファンな事に気づく。慌ててメールを確認すると「サイン貰ってね…♡」と母からメールが入っていた。
星奈(何が”貰ってね…♡”よ!お母さん、娘を売ったなー!)
「お小遣いアップだからね!」と母にメールを返した星奈。
「荷物はね」と星奈に色々説明する聖を見ながら、ふとある事を思い出す。
星奈(っていうか私、保健室で推しとキスしたよね?あれは夢じゃないよね!?)
――星奈「ん……ッ!」
――聖「そう。上手」
星奈「~っ!!」
鮮明に思い出せるあたり「やっぱり夢じゃなかった」と星奈の顔が赤くなる。そんな星奈に気づいた聖が、説明をやめて星奈が寝ているベッドに再び近づいた。
聖「星奈、やっぱり熱がかな?顔が赤い」
星奈「違うんです、これは……その、」
聖「?」
寝ている姿を聖に見られ、恥ずかしさから布団で顔を隠す星奈。だけどギシッとベッドのスプリングが揺れた音がしたと思ったら、なぜか聖が、保健室でしたように星奈に覆いかぶさっていた。
星奈「ま、また天体、」
聖「天体観測じゃないよ?」
星奈(ですよね!分かってます!)
この態勢は、どうしても保健室での事を思い出してしまって……星奈は動揺を隠せない。照れる星奈とは反対に、聖は嬉しそうにニコニコ笑うばかりだった。
聖「ねぇ、布団どけて?」
星奈「み、見せられる顔じゃありません!」
聖「もっとすごい顔なら、さっき見たのになぁ」
星奈「え!どんな顔ですか!?」
バサッと布団をのけた星奈に「隙あり」と、聖が星奈の頬にキスをする。「わぁ」と慌てた星奈は慌てて背中を向けるが、聖に後ろから抱きしめられる。
ぎゅっ
星奈はこの状況に、心臓が爆発しそうになる。
だけど聖は「そう言えばさ」と穏やかに、静かな声で話し始めた。
聖「昨日、星奈が言った事だけどさ」
星奈「昨日?」
――星奈「昔から、ファンなんです。天野星さんの。あの日からずっと!」
――星奈「きっと忘れられてると思うのですが……。私、あなたと一度だけ会った事があるんです」
聖に言われ、星奈は「あ、その事か!」と頷く。
星奈「すみません、キモい反応を炸裂してしまって……」
聖「ううん、嬉しかったよ」
クスクス笑う聖。星奈は「恥ずかしい」と思いながらも、溢れる思いを少しずつ口にする。
星奈「天野星さんは覚えてないと思います。昔の出来事だったから……」
聖「いいよ、話して」
聖は話してほしそうに、星奈の背中に頭をコツンとつけた。まるで甘えたようなしぐさに、星奈の顔が思わず綻ぶ。
星奈「高校受験の日に電車が遅延して、どう考えても間に合わなくて。タクシーを待つ列に、泣きながら並んでいたんです。もう間に合わない、無理だって、絶望してました。
だけど、そんな私の手を引いてくれる人が現れたんです――」
〇(回想)高校受験の日、タクシー乗り場
星奈(もう絶対に間に合わないよ、最悪だよ……どうしよう)
受験開始時間に間に合いそうになくて、涙を流す星奈。そこへ現れる、一人の影。それは「天野星」とバレないよう変装した、聖だった。
いきなり現れた聖は、静かに泣く星奈の手を掴む。
グイッ
聖「こっちに来て」
星奈「え!?」
聖は、とある車の前で止まり、ドアを開ける。そして星奈を、思い切り奥へ押し込めた。
星奈(誘拐!?人さらい!?)
怖くなった星奈は大声を出そうとするが、星奈の後から乗りこんだ聖が、急いで星奈の口を押さえる。唇に細長い指をあて「シー」というジェスチャーを添えて。
聖「そんなに怪しいものじゃないんだけど……分かるかな?」
星奈「あ!!」
変装のマスクとサングラス、帽子を取った聖を見た星奈。有名俳優の天野星だと知り、驚く。勢いで「ファンです!!」と頭を下げる。
星奈「天野星さんがいてくれたから、今まで受験を頑張れました!」
聖「え……」
星奈「あなたがいてくれて、本当によかった。私は、幸せ者です!!」
聖「……そっか」
聖は柔らかい笑みを浮かべる。「ありがとう」と目を伏せてお礼を言う。
星奈(お礼を言いたいのは私の方なのに)
すると聖は、ニッコリした笑みで状況を説明をした。
聖「ここを偶然に通りかかったんだけど、君がタクシー乗り場で泣いてるのを見てね。いてもたってもいられなくて、ここへ連れ込んじゃった。良かった?」
星奈「で、電車が……遅延してしまって!タクシー乗り場で、タクシーを待っていて……。きょ、今日が受験日で!」
混乱している星奈に、聖は「大変だったね」と落ち着いた声で話す。
聖「残念だけどタクシーを待つ長蛇の列は、なかなか減らないよ。試験の開始時間はいつ?」
星奈「あ、あと30分後です……っ」
やっぱり受験は絶望的な状況だと、再確認した星奈。すると涙が出てきて、思わず泣いてしまう。
だけど聖が、慰めながら星奈の頭を優しく撫でた。
聖「あと30分もあるの?なら大丈夫だよ。絶対に間に合う」
星奈「え、でも……」
聖「俺のマネージャーは、俺が遅刻しないように抜け道を発見する名人でね。ショートカットはお手のものだよ」
すると、運転席にいたマネージャーが「お前なぁ」と聖を怒る。
マネージャー「お前がもう少し時間を守ってくれれば、俺の運転技術も”無駄に”向上しなくて済むんだぞ?」
聖「うん、感謝してるよ――それで?何て高校に行けばいいの?」
星奈「あ、第一高校に……」
聖「了解。マネージャー、頼むね」
マネージャー「だから、お前は~!」
怒りつつも、マネージャーは車のエンジンをかける。そして走り出す直前に、ポツリと呟いた。
マネージャー「ん?そう言えば第一高校って、」
聖「……」
マネージャーが何かを言おうとした口を、聖が後ろから塞ぐ。「わぁ!」と慌てたマネージャーは話すどころではなくなり、慌ててハンドルを強く握った後にブレーキをかけた。
マネージャー「おい聖!よそ様のお嬢さん乗せてんだぞ!気をつけろ!」
聖「ごめんねマネージャー、つい」
星奈(今……?)
聖は何かを隠したがったような言動に、違和感を覚えた星奈。
だけど聖が笑いながら、何事もなかったかのように「出発進行~」と言うものだから、星奈も時計を確認しつつ「お願いします」と頭を下げた。
聖「マネージャーは口は悪いけど腕は確かだから。大船に乗ったつもりでいてね」
星奈「はい、ありがとうございます……!」
聖「高校に着くまでヒマだし、問題でも出し合う?じゃあ教科は、」
マネージャー「残念、もう着くぞ」
聖「えー早い」
星奈(はや!)
星奈を元気づけるために明るく振る舞い続けた聖に何度もお礼を言い、校門付近で別れた。
聖「また会おうね」
星奈「は、はい!」
星奈は無事に受験することが出来、ネットで合格発表を見て喜ぶ。
星奈(私の人生の恩人といっても過言ではない人、天野星さん……!一生ついていきます!)
(回想終了)
星奈「あの日。天野星さんが私を助けてくれたおかげで、私は高校に入学することが出来ました。だからあの日から、私は天野星さんの大ファンです」
全てを喋り終わった星奈は「ふう」と一息つく。そんな星奈の耳に入って来たのは、驚くべき言葉。
聖「俺もあの時の星奈を、よく覚えているよ」
星奈「え!?」
聖が「天野星の恩人だからね」と言った言葉は星奈には聞こえない。
一方の星奈は、まさかの「星奈を覚えている」発言に体が跳ねるくらい驚く。体をグリンと回して、寝転がったまま聖と向かい合う。
星奈「あんな一瞬しか会っていないのに!?覚えてくれてるんですか!?」
聖「もちろん。おじさんだらけのタクシーの列の中、泣いてる女の子がただ一人。きちんとタクシーの乗れるかな?危ない目に遭わないかな?とか思ってた。あとは邪推だけど……お金は足りるのかな?とかもね。色々心配になって、気が付いたら、車を降りて星奈の元へ走ってた」
星奈「そうだったんですね……っ」
星奈(確かにお金の事は全然気にしていなかった……。タクシーに乗ってたら、どうなってたんだろう!?)
色々な意味で、星奈は顔を赤くする。
だけど、その時。
聖の顔が、だんだんと星奈に近づく。そして「お願いがあるんだ」と優しい目を向けられる。
聖「俺のこと、聖って呼んで」
星奈「ひ、聖さん?聖くん?」
聖「もちろん”聖くん”で」
至近距離でニコリとほほ笑まれ、星奈の緊張は爆発寸前になる。向かい合って寝転んでいる状況に今更ながら恥ずかしくなって、ベッドを降りようと身じろぎし始めた。
だけど、星奈を抱きしめる腕に力を籠める聖。
ぎゅっ
耳元で「どこに行くの?」と吐息交じりの声で囁く。
星奈「あの、お手洗いに……っ」
聖「もう少しこのままで」
星奈「も、もう限界なんです!」
星奈(色々と!!)
すると切羽詰まった星奈の顔を見て「仕方ないね」と残念そうに笑う聖。
聖「お手洗いは、部屋を出て右だよ」
星奈「ありがとうございます!」
星奈はベッドから降りてダッシュで部屋を出る。すると、ちょうど聖が出ているドラマの最新話が放送されていた。
星奈「わ!!これ!”聖なる夜の秘密の賭け事”!?わー!もう再放送してるんですね!録画はしたけど、まだ見れてなかったんです!やったー!嬉しい!」
星奈が興奮していると、いきなりテレビがバツンと消える。真っ暗な液晶を見た星奈は「あれ?」と、リモコンを持っている聖へ目を向けた。
星奈「あの、ドラマを見たいんですが……」
聖「お手洗い、行っておいで」
星奈「それよりドラマが、」
聖「さぁ、行った行った」
ニッコリと作ったような笑みを浮かべる聖に、妙に急かされている気がした星奈。リモコンを返してもらえそうにないので、渋々トイレへ向かう。
無事にトイレに向かった星奈を見て、聖は困ったように笑った。
そして、
聖「なんとかドラマから気を逸らせたかな?」
と、消えたテレビの画面を見て「ふぅ」と安堵の息を吐くのだった。
(第三話 完)



