〇翌日、学校、教室
既に登校していた星奈に、たった今登校してきた慧が挨拶をする。
慧「おはよー星奈」
星奈「慧!おはよう」
星奈が、慧の隣に目をやると、そこには聖がいた。
星奈「ッ!」
聖「おはようございます、奥外さん」
星奈「お…………おはよう……?」
いたっていつも通りな聖を、不思議に思う星奈。動揺しているのは自分だけかと、恥ずかしくなった。
慧「お前……クラスメイトに丁寧語使うのやめろよ。いい加減浮いてくるって」
聖「俺は不便ない」
慧「俺に話すみたいに、もっとフランクにいけばいいのに。な、星奈もそう思うだろ?」
星奈「え、あ……う~ん」
星奈(昨日、聖くんは自分の家では丁寧語を使ってなかった。でも学校では使ってる……。もしかして、学生の自分と俳優の自分を使い分けるためなのかな?なんて思ったり)
慧「なんだよ星奈、煮え切らない返事だな」
すると担任から呼び出しを食らう慧。慧は「またかよ」と顔を歪ませて教室を後にする。
聖と星奈は、慧が戻ってくるまでの間、立ち話を始める。
星奈「あ、あの、昨日は、その……」
聖「……くす」
星奈「え、」
聖「あ、すみません。つい」
星奈(い、伊利屋くんが笑った!!)
明らかにうろたえている星奈が可愛くて、つい笑ってしまった聖。学校では全く見ることのない聖の笑みに、星奈は目を奪われる。
聖「奥外さん?」
星奈「あ、ごめん。その……」
聖「?」
何も言えないでいると、聖は星奈の顔を覗きこむ。
聖「どうかしました?」
星奈「ッ!」
メガネの奥から見える瞳が、星奈に昨日のキスシーンの練習を思い出させた。
星奈「~っ!」
聖「もしかして奥外さん、調子が悪いですか?」
星奈「……へ?」
聖「顔が赤いですよ?」
聖に言われて咄嗟に鏡を見ると、本当に真っ赤だった星奈。「何でもないの!」と手をブンブンと振るが、聖がそれを止める。
聖「調子が悪いなら、行くべき場所は一つですよね?」
星奈「へ?」
聖「保健室、行きましょう」
星奈「で、でも、」
星奈(登校したばかりだし、これから授業始まるのに!)
「でも」と言ったきり下を向く星奈。聖は、そんな星奈の頭をポンポンと叩く。
聖「大丈夫ですよ」
星奈「へ?」
聖「ノート、俺が後で貸しますから」
星奈「あ……」
星奈(そう言えば伊利屋くんは学年一位だった……)
ガリ勉と思ったのは見た目だけではなく、本当に頭もいいからだと、今更思い出した星奈。そうしていると、だんだんと頭がボーッとしてきて、本当に体調が悪くなる。
聖「ほら、何だか足取りが……って、奥外さん、前!」
星奈「へ……?」
ボーッとしたまま歩く星奈の前には、大きなロッカーがあった。聖は急いで星奈の腕を掴み、抱きしめる。
ギュッ
星奈(え!)
聖の胸の中に納まる星奈。
星奈(今、私……抱きしめられてる!?)
そう認識した瞬間、星奈を抱きしめた聖は、鈍い音を響かせてロッカーにぶつかった。
ガゴンッ
聖「っ!」
星奈「い、伊利屋くん!」
星奈が急いで顔を上げると、顔を顰めていた聖はニコリと笑い「大丈夫ですか?」と頭を撫でる。
聖「どこか怪我はありませんか?」
星奈「ない、けど……!」
星奈(伊利屋くんが怪我をしたんじゃないの!?すごい音がしたんだよ!?)
音を聞いたクラスの人も「大丈夫か?」と二人を見る。聖が手を上げて「大丈夫です」と言うけど、一方の星奈は、そんな聖の手をガシッと強く掴んだ。
星奈「伊利屋くん、保健室に行こう……!」
聖「いや、俺よりも奥外さんが行くべきで、」
星奈「なら一緒に行こう!」
聖「!」
星奈は、聖の手を握ったまま教室を出る。その時、担任に呼ばれていた慧が教室に戻って来て、三人はドアの近くですれ違う。
慧「あれー?どこ行くんだ?もう授業始まるぞ?」
星奈「伊利屋くんの怪我を見に保健室に行く!」
聖「奥外さんが調子悪そうだから保健室に行く」
慧「……どっち?」
手を繋いだまま教室を去る二人の姿。慧はさして気に留めなかったが、教室の中はざわついていた。
クラスメイト「見たー?今の」
クラスメイト「見たみた!伊利屋くん王子様みたいだったよね!」
クラスメイト「いくら冴えない男子って言っても、あんな事されちゃ女子はときめいちゃうよねぇ」
慧「……あのさ」
慧はクラスの女子に、さっき何があったかを尋ねる。さっきの出来事を思い出した女子は頬を染めながら、慧に全てを話した。
〇保健室
星奈「先生、いないの……?」
聖「ちょうどいいですね」
星奈「ちょうどいいって、何が?」
聖「……すみません、何でもないです」
星奈(あの伊利屋くんの気が動転してる?まさか、さっき頭を打ったの!?)
星奈「こっちに来て!」
聖「え、ちょ、」
星奈「はい、ここに寝て!」
聖「わ!」
心配になった星奈は、聖をベッドに横たわらせて体の隅々まで確認する。
星奈「伊利屋くん、どこか痛い所はない!?」
聖「や、ちょ、あの、」
星奈「遠慮なく言って!そしてすぐに病院へ行こう!」
聖「あの、俺はどこも、」
だけど星奈は聖の話を聞かずに、服をめくったりズボンをズラして、怪我がないか確認する。
聖「奥外さん、あの……、」
星奈「なに!伊利屋くん!どこが痛いの!?」
聖「いや、痛いではなくて……恥ずかしいです」
星奈「!?」
改めて聖を見ると、まるで誰かに襲われたかのような着衣の乱れ方。聖の頬は染まり、髪も縦横無尽に乱れ、そしてメガネも外れて布団の上に落ちている。
星奈(いつの間にか天野星さんのお出ましー!?)
乱れたその姿は、伊利屋聖ではなく、俳優の「天野星」。星奈は推しが目の前にいる事を改めて自覚し、顔が真っ赤になる。
星奈「ひー!すみません!すみません!この世の宝に、私はなんて恐れ多い事を!」
聖「や、あの……大丈夫だから」
着衣の乱れを直した聖。「ふぅ」と言って、ベッドから降りた。
聖「じゃあ次は、俺の番だね」
星奈「へ?」
聖「はい、横になって」
グルンと、星奈の視界が大きく倒れる。気づけば、さっきまで聖が横になっていたベッドの上に、今度は自分が倒れていた。
星奈「え?なんていうマジックですか?」
聖「種も仕掛けもございません。力技です」
星奈「まさかの力技!?」
ギシッと音がしたかと思うと、聖が星奈の上にかぶさるように跨っていた。
星奈「これは……推しの天体観測ですか?」
聖「じゃあ俺は回ればいいのかな?じゃなくて。違うちがう」
星奈「?天体観測じゃなければ何を、」
聖「――お医者さんごっこだよ」
ペロリと舌なめずりをした聖は、まず星奈の制服のスカーフに手を掛ける。スルスルとほどけていくスカーフ。星奈はバッと、胸もとを抑えた。
星奈「え?え、え?」
聖「ごめん、手にスカーフが引っかかっちゃった」
星奈「あ、そういうことですか!」
星奈(うわービックリした!脱がされるのかと思った……!いや、脱がされるって!自意識過剰!有名俳優の天野星さんが、一般人である私を脱がすはずないのに!)
星奈(私は恥知らずの大バカだ~!)
聖「……ふふ」
星奈「ん?どうしたんですか?」
聖「んーん。何でもないよ」
表情がコロコロ変わっている星奈を見て、聖は笑う。その様子を、星奈は顔を赤くして見ていた。
聖「だんだんと顔が赤くなってきた。教室にいる時は”まさか”くらいに思ってたけど……。ねぇ星奈?本当に熱があるんじゃないの?」
星奈「すみません、天野星さんを前にした時から動悸がして、全く平常心ではいられません……!」
聖「興奮と体調悪いのは、切り離して考えてくれると助かるんだけど……」
苦笑を浮かべる聖に、星奈は顔を覆う。そして、小声で呟いた。
星奈「む、無理ですよ……。だって私の大好きな人(推し)が、目の前にいるんですよ……?ドキドキしない方が無理ですって!」
聖「……そんな無防備な事を言っちゃって」
星奈「え、」
聖「どうなっても知らないよ?」
星奈(ど、どうなっても……って?)
星奈は上がった体温により、目に涙がたまりウルウルしてきた。その目で真っすぐに見られた聖は動揺するも、グッと理性を抑える。
聖「ねぇ、星奈」
星奈「はい……」
聖「ごめんね、お医者ごっこなんて言って」
星奈「い、いいえ……?」
星奈(だって、私を本当に心配してくれたんですよね?)
星奈「天野星さんは優しいですから……。こんな私にお情けをくれるのが何よりの証拠です」
聖「いや、本当に違くて」
星奈「?」
星奈が疑問に思っていると、聖が顔を近づける。それは、緊張して強張った表情にも見えた。
聖「じゃあさ、これからする事も……許してくれる?」
星奈「これから?」
聖「うん。俺がずっと、したいと思ってた事」
星奈「え――」
その時、星奈は聖からキスされる。最初は触れるだけのキス。だけど、だんだんと力強く唇を押され、そして食べられるようなキスに代わる。
星奈「ん……ッ!」
聖「そう。上手」
星奈「あ、天野、星さ……ぁッ!」
聖「……おっと。ここからは自重するね」
聖が自身の舌で、星奈の唇をノックした時。聖はピタリと、キスをやめる。どうやら本能より理性が勝ったようだ。
星奈「はぁ、はぁ……っ」
聖「……これでベロなんて入れたら本当に襲いかねないな。うん、今日はここまで」
星奈「今日、は……?」
聖「続きは、また明日って。そう言ったら……怒る?」
悲しそうな顔をして、肩を落とす聖。まるで捨てられた子犬が、雨が降る日に段ボールの中から見つめているように見えて……星奈はいけないと知りつつも、思わず首を振った。
星奈「怒るわけ、ない……です」
聖「! そう」
「ふふ」と笑った聖を見て、星奈はへにゃりと緩く口角を上げた後に意識が途絶える。本当に熱があったらしい星奈を見て、聖は申し訳ない気持ちになる。
聖「調子悪いのに、俺の心配をしてくれたんだね」
思い出すのは、さっき教室を出る時。
――星奈「伊利屋くん、保健室に行こう……?」
――聖「いや、俺よりも奥外さんがいかないと、」
――星奈「なら一緒に行こう!」
聖「すごい真剣な顔だった……嬉しかったな」
寝てしまった星奈の頭を優しく撫でる聖。すると星奈は呼応するように、嬉しそうに頬をだらしなく緩めた。
聖「!ふふ、そんな無防備だと、また襲っちゃうかもよ?」
そう言って笑った時、聖のポケットで騒々しく震える「何か」。聖がポケットから取り出したのは、壊れたはずの聖のスマホだった。
聖「ガラスが割れたように見える保護フィルムがあるなんてね。世の中、便利になったもんだ」
スマホを操作する聖。たったいま届いたメールを開くと、そこには「件名:全て完了」の文字。聖はメールを閉じて、とある人へ電話を掛ける。
聖「あ、マネージャー?引っ越しありがとう。先方はなんて?――そっか、なら大丈夫そうだね」
話をしながら、星奈を見つめる聖。
聖「うん。週刊誌には充分に注意するよ。同居を許してくれてありがとう、感謝してる。じゃあ、後でね」
画面をタップして電話を切る聖は、すごく優しい表情をして……。
愛おしそうに、ただ星奈を見ていたのだった。
(第二話 完)



