アンコール マリアージュ

 「すみません!お待たせしてしまって。打ち合わせが思いのほか長引いてしまったので、着替えないで来ちゃいました」
 「いや、大丈夫だ。じゃあ帰ろう」

 そう言って車のドアを開けると、真菜は目を丸くして固まった。

 「え、こ、これ、何ですか?」
 「車だ」
 「それくらい分かります!なんで車?しかも、こんな大きな黒塗りの…」
 「役員車だ。いいから早く乗れ」
 「ええー!役員車なんて、そんなの下々の私は乗れません!」
 「じゃあどうするんだ?車の横を走って帰るのか?」
 「そ、そんなの無理ですよ!私、チーターじゃないんで」
 「だったら早く乗れ!」
 「いやー!無理ですー!」

 周りの通行人が、振り返ってひそひそと囁き合っている。

 「ええいもう!誘拐犯に間違われるだろうが!乗れったら乗れ!」

 ドンと背中を押されて、あれーと真菜は車に倒れ込んだ。

 ぐいっと真菜を奥に押しやるように隣に座った真は、出してくれ、と運転手に告げる。

 「ええー?運転手さんまでいる!」
 「もう、いちいちうるさい!でっかい声出すな!」
 「真さんの方が声大きい…」

 真菜はブツブツ呟きながらも、ようやくじっと座る。

 真は、やれやれと肩で息を吐くと、膝にパソコンを置いてカタカタと打ち始めた。

 「ね、真さん」
 「でっかい声出すなと言っただろ」
 「でっかくないでしょ。ひそひそ話してるの」
 「まったく…何だ?」
 「真さん、毎日こんな車で出勤してるの?」
 「役員だから役員車を使わされる。それが何か?」
 「やっぱり偉い人なのね?真さんって」

 真は、はあ、と手を止めてため息をつく。

 「偉い人って何だ?」
 「だから、ざっくり偉い人」
 「つまり、俺の役職名を知らないって事か?」
 「えへへ、お察しの通りで。美佳ちゃんに冊子見せてもらったのに、忘れちゃいました。社長じゃないって事だけは分かります」
 「社長の下は、みんなざっくり偉い人って訳か」
 「そうなりますかねー?」
 「もういい。とにかく黙ってろ」

 ギロッと睨まれて、真菜は、はーいと首をすくめた。