「どうだろう、真菜さん。本社に来る気はないかね?」

美味しいフランス料理を堪能しながら、雑談を交わしているうちに、ふと社長が口にした言葉に真菜は驚く。

「本社に、ですか?」
「ああ。今回君には、取材と並行して普段の業務もこなしてもらい、大変な負担をかけてしまった。本当にすまなかったね。私は、現場の忙しさを甘く見ていたようだ。反省している。だが、真菜さんには、今も取材の依頼が来ているんだ。私からそれとなく断っているのだが、いずれ落ち着いたら是非と言われてね。どうだろう?今後は本社の広報課に所属して、そういったマスコミの対応に専念してもらえないだろうか?もちろん、待遇も格段に良くなるし、体力的にも楽になると思うが」

真菜は手を止めて、頭の中を整理してから口を開いた。

「大変有り難いお話だと思います。ですが、私のやりたい仕事は広報ではありません。お客様の結婚式をお手伝いする事です。それは今までも、そしてこれからも変わりません。たとえいくつになっても、私はずっと、お客様に接する現場で働き続けたいと思っています」

真菜に真剣な目を向けていた社長は、やがてふっと笑って頷いた。

「あなたがなぜお客様からの信頼が厚いのか、良く分かりました。私の提案は失礼な話でしたね。どうかこれからも、第一線でお客様の素敵な結婚式をサポートして下さい」
「はい。ありがとうございます」

社長は微笑んで頷くと、ところで、と口調を変えた。

「真はなんでそんなに黙ったままなんだ?いつからそんなに、仕事の出来ない男になった?真菜さんを見習いなさい」
「あ、は、はい」
「やれやれ。以前はお前、真菜さんと夫婦漫才みたいに息の合ったやり取りをしていたのに、今はなんだ?恥ずかしくて好きな子と目も合わせられない中学生か?」

ゴホッと真がむせ返る。

「なんだ、図星か」
「いえ、あの、そういう訳では」
「じゃあせめて男らしく、告白くらいしなさい」

ゴホッゴホッと、再び真は派手にむせ返った。