「それともあれか、実の妹の情けを捨ててまで必要なことがあるのか」

「申し訳ございません。体調が優れないのです」

「まぁ、それは残念です……」

 ロゼは疑いの目で私を見たあと、アミオロに微笑みかける。

「ねぇお兄様、メアラグーナのイベリス様って、それはそれは素晴らしい御方なのでしょう? お会いできるのが楽しみです」

 メアラグーナの皇帝、海龍帝イベリス・メアラグーナ。

 アミオロと同じ、今年二十歳になる彼は、私たちと同じように八年前、流行病で両親を亡くしたらしい。

 共通点は多いが、両国の距離が離れていること、メアラグーナはローレライよりずっと大きいということもあって交流はなかった。皇帝の顔も知らない。

「海龍帝は辣腕家で、自国からの信頼も確かだが、女泣かせの魔性だ。気をつけろ」

 アミオロが苦い顔をした。

 数多の男女を虜にする海龍帝だが、彼自身が誰かひとりを欲することは決してない。飄々として泡のように掴みどころがなく、ひと目見たら最後、渦潮に巻き込まれるように、魔性の美貌に心が囚われてしまう──らしい。ただ、噂なんて信じられないことは、よくわかっている。

 でも、疑念は残る。今まで交流のなかったメアラグーナがローレライに外遊の招待をしたことに。どうして突然、国に招待したいなんて話が出たのだろう。

 家族からの圧迫感と疑問に苛まれながら、私は食事のときを過ごしていた。





 城のはずれの小屋の奥には隠し通路があり、そこを抜ければ、王都の裏通りに繋がっている。

 裏通りの道は細く、蟻の巣のように入り組み、心得なしに一度入ればたちまち迷ってしまうが、書物と薬草の品揃えがいい店が多く、私は度々訪れていた。

 王城で夕食を終えた私は、ローブを羽織り、顔を隠して裏通りを進んでいく。

 初めてここにやってきたのは、十二歳の頃だ。通路の存在を知り、庭園にない薬草を求めようと出たが、簡単に迷った。ひとりで歩く子どもに、人々は親切にしてくれて、薬草も手に入り帰路につけた。

「聞いたか。今度、第一王女は、ロゼ様を疎んで、毒薬を作っているらしいぞ」

 けれどここでも、ローレライの第一王女は、忌み嫌われた存在だ。何気ない日常から自分に関する話を耳にすると、苦しくてどうしようもなくなる。

 でも、やっぱりアミオロとロゼに嫌われていることが、一番辛い。

 昔は仲がよく、アミオロと一緒に遊んでいた。中庭を散歩することだってあったのだ。

 ロゼは、母や乳母ではなく私に一番懐いているなんて、侍女も言っていた。いつも私の後ろに付いていて、「お姉様大好き」とよく抱きついてきていたのに。

 嫌われ始めてからは、まるで悪い魔法使いにふたりが操られているみたいだと思った。悪い夢でも見ているのではと。でも魔法なんて、物語の中だけの幻想だ。

 逃げようと思ったことも、なくはない。でも王族として生きている以上、民の税で暮らしている。勝手に逃げ出して、国に混乱を招くわけにはいかない。役に立たなければ。

「ねぇ、そこの君」

 柔らかく澄んだ声がして、振り返る。

 そこには、私と同じような黒いローブを羽織った、背の高い男の人が立っていた。

 二十歳くらいだろうか。フードの中からのぞく碧眼は、宝石と錯覚するほど輝き、絵で見る海のようだった。

 首筋まで伸びている髪は白い砂浜のようにまっさらだ。

 神様の遣いかもしれない。

 そう思うほど、浮世離れした雰囲気だった。彼は甘い声をひそめる。


「この辺りに、凄腕の調薬師がいると聞いたんだけど、君、知ってる?」